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逆ヌードルハラスメントに遭った話

いい加減時効だろうと思うので記事にしておこうと思う。

私の通っていた大学には、夏休みの数週間を利用して海外に語学学習などをしに行く、「海外実習」という科目があった。

私は小学生の時分に『オペラ座の怪人』に狂ってしまったせいで、いつかフランスに行き、オペラ座の敷居を跨いで帰るのだ……と聖地巡礼などという概念を知る前からフランス・パリはオペラ座への憧憬をもって、フランス語の授業がある高校に行き、他の必修科目そっちのけ(ようは赤点という意味だが)でフランス語でトップの成績をむしり取るなどという奇行に走ったりしていた思い出がある。

さて、そんなわけで憧れというより半ば執念と化していた私のフランスへの感情だが、大学二年生の夏、晴れてフランスへの海外実習が実施されるという報せが届いた。
日程は10日間の地方都市でのホームステイと大学での語学研修、4日間のロワール地方での古城見学、3日間のパリ観光……というものだった。

血眼で座学をクリアした私は無事フランスの地にたどり着き、根暗コミュ障のオタクなりにホストファミリーとそこそこコミュニケートしていたわけだが、ある週末、ホストファミリー夫妻の甥夫婦が家に訪れてきた際に、それは起こった。

私はそれはもう来客だというので客寄せパンダのごとく日本料理を作ろうなどと奮起し、日本から持参したサトウのごはんをあたため、気合いで味噌汁を作り、地元宮城の特産である白石うーめんを茹でた。

そして夕食のとき、これは何の料理だの、ああだのこうだのと話している最中、突然ホストファザーが私にこう言い放ったのである。

「日本人って麺の食べ方が変だって聞いたんだけど、本当?」

出、出〜〜〜!!!麺啜奴〜〜〜〜〜〜!!!

内心私はそう思いながらも「そうやで」とうなずくほかなかった。だって本当だもん、麺を啜るの……。
嫌な予感に包まれながらホストファザーの顔色を伺っていると、案の定、

「本当だったんだ! やって見せてよ。見たいなあ」

などと言い放ってきたのである。マジか。
さて、この両親は私がここに来る前にある程度日本について正誤に拘らずリサーチをしてくれていたようだったが、問題は今来ている甥夫婦である。

大丈夫だろうか。ここで勢いよく麺を啜っても……。

私はオッサンのような仕草しかできない品性のかけらもないただの女体を持っているだけの大型霊長類である。今更どう取り繕っても上品に「ちゅるる」などと麺を啜るなど、出来るわけがない。

私は腹を括った。

ズズ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!!!!!!!

場がシン、と静まり返るのを肌で感じながら正面を向くと、
思ったより壮絶な音が出たことに驚愕しているホストファミリー夫妻と、あまりの品性下劣さに愕然としている甥夫婦の姿を私の網膜が捉えた。

お前が言うたんや!!お前が!!言うたんや!!これを!!

正直人生でここまでスベったことはないかもしれない。

ご存知かと思うが、欧米圏……もしかしたら日本国外では……麺を啜って食べるということはほぼなく、基本的にはフォークに巻くか、レンゲなどに移して食べるのがスタンダードである。
そんな海外から日本に訪れた人々に、麺をすすることを強要することを「ヌードルハラスメント」と呼ぶのだが、奇しくも遠いフランスの地で私は「逆ヌードルハラスメント」を経験したのである。

食とは、その人の人生、育った環境、アイデンティティを象徴する大事な幹になりうる部分である。

たとえどんなに善意の問いかけだったとしても、安易に他人の食文化を突いてはならないのだということを、私は遠きフランスの地で学習したのであった。


ちなみに、最近ではラーメン店やうどん・そば店などが進出したことにより、麺が啜れる人口も増えてきたらしいが、やはりものの食べ方とか、箸の持ち方とか、味の好みとか、そういうものに迂闊に口を出してはいけないと思われるので、ここらでこの話もおしまいにしておこうと思う。

いや私なんか悪いことしたか?????なあ??????

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