リカ

「遠くに行こう。遠くに行ったら多分遠くに近くなっちゃうけど、そしたらもう少し、遠くへ行こう」扇風機が音を立てる夏の四畳一間のまどろみの中で、ゆっくりとリカが言う。

「そうだね。そうしよう。どれくらい遠くまで行こうか」目を瞑りながら寝ぼけた口調で僕は言う。意識と無意識が混ざり合う中で、リカを思いながらそう応える。夕方になる前の、許された時間だった。

「うーん、これくらい、かな」少し目を開けて、隣で寝ているリカを見ると、やる気がなさそうにふにゃふにゃ腕を広げている。広げた腕が少し細すぎることに僕は気がついていた。

「それだけ? もっと遠くまでいかないと」僕はリカのそういうところが好きで、リカは僕のそういうところが好きで、そして、だからきっと幸福にはなれなくて、でも生活をしてきた。

「リカ、終わるとしたらどこがいい?」僕はできるだけ優しく言う。リカの不安定な部分を、僕たちの不幸と、そして幸福の故を傷つけないように、言う。

「そうだなぁ、ここかなぁ」リカはそう言っていたずらに笑う。目が合う。久しぶりにリカの目を見た気がした。

「ここかなぁ?」緩やかな口調を意識したけど、僕はリカと目が合ったまま逸らせなくて、なぜか緊張していた。その時、やはり、僕はリカのことが好きなんだと思った。好きで好きで、どうしようもなく好きだった。

「ここだよ。私と君にはここしかないよ」リカは子供をあやすような口調で言った。今日のリカは落ち着いていて、いつもの僕との立場が逆になっている。いや、あるいは、少し前からこんな感じだったかもしれない。僕はリカといるうちに、少しおかしくなってしまっていたのだろうか。だとしたら、それはきっといいことだと思った。

「死ぬ?」リカが穏やかな声で、でもどこか冷たい響きもする声で言う。リカはたまにそんな声で話すことがあった。自分を傷つけた父親のこと、優しくしてくれなかった母親のこと、自分に激しく嫉妬していた姉のこと、家族のことを話すときにリカはよくその声で話した。

「それとも生きる?」リカが体を起こして壁にもたれかかった。窓の外を憂鬱そうに、しかし何かを欲するように見ている。部屋の湿度が少し高くなった気がする。

「生きてたら、何か生きてて良かったと思うことがあるかもしれないよ? そんな日が来るかもしれない——」僕は二人のこれまでの生活のことを思っていた。僕はこれまで長く続いたことがなかったバイトを、リカのために頑張ろうと思っていた。惨めな履歴書も、それを見る人たちの視線も、あるいは直接的な暴言も、リカのためならなんでもなかった。二人で生きていきたいと思っていた。

「本当にそんなことがあると思う?」分かっていたことだが、生活はどうしようもなく苦しかった。なんとか見つかったバイトは時給が安く、長い時間働かなければならなかった。しかしリカはそれを嫌がった。君と生きていくために長い時間働かなければならないと言うと、そんなことは求めていないから少しでも一緒にいてと言い、そうしたいけど生活していかなければならないと言うと、あなたは本当はそう思っていないから働くのをやめないんだと言った。リカが眠りにつくまで抱きしめようとし、触れられるのを嫌がったリカを、それでも僕は抱きしめた。そんな時間も大切にしようと思った。だが、お金がなかった。とにかく生活が苦しくて、こんな生活では長く続かないことにも気づいていた。二人とも気づいていて、少しずつおかしくなっていった。

「——ないかもね」

「私のせいだね。ごめん」リカはまだ窓の外を見ていた。あるいは見ているのは窓の外ではないかもしれないし、何も見ていないのかもしれなかった。

「リカ」僕も窓の外を見た。

「ん?」

「僕は——」涙が出てくる。これで終わりになると思った。外はセミが鳴いていて、夏らしい服装の男の子が歩いているのが見えた。麦わら帽子をかぶっていた。

「僕たちはどこで間違えたんだろう」僕たちには、美しい瞬間があった。確かに互いを傷つけて、他者を傷つけてしまったけれど、しかし、絶対に美しい瞬間があった。僕はリカを愛していた。

「ずっと、最初から」リカは僕に笑いかけた。涙で輪郭がぼやけて、よく見えなかった。何か重要なものが、曖昧な境界線から溢れ出ていってしまうようだったが、僕にはどうしようもなかった。

「それか、何も間違ってなかったのかも」リカはあの時泣いていたのだろうか。

「君は優しくて、私は弱かった」リカはあの時泣いていたのだろうか。

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