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タクシー

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宿泊していないホテルを三人の男達がチェックアウトするまでのしばしに命がけで繰り広げる雑談
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2021年2月の記事一覧

タクシー・2

ハナにはヒトの、ワタ、キモと限った事でもなく各部のシシで人種、性別、人となりを当てっこしたのが〝ききぎも〟だが人権なる不思議が流行ってこの遊びは鳥獣で代替した陰萎な麻雀に堕した。それでも当節破廉恥な趣味人、本寸法の気概で何憚らず表通の音がガガンボの鼻歌程に聞こえる裏通りをゆくが、ツムリ具合のまともな部を見繕って質におくところは全うの頃とかわらない。 この家は鶏の利肝屋だが肉が焼けても客に出さない。生肉に漸次火が廻り焼き鳥になりその後だんだん炭になる。なってから持って来る。

タクシー・1

「嶋田畜農養育園出身のマルキドホマレですね、徳川晩期、当時咎人から人気をとっていた風光明媚で米が佳く、つまりは酒がいい、女賊もいい、あの悪太郎どもが憧れた流刑島は中部の縊れお仕置き地区にほど近い括れ部落で発見された野生種が発端の栽培物で、只今小僧さん躙り込みと共に香る裏日本系の、若やいではいるがやや陰気に湿った軽い黒煙臭は、雌の幼鳥つむりに冠した黄なる硬きトサカが為、炭は左胸、右腿のどっちつかずです、実に分かりやすい、わたしこの桃源島で畜農の養育に服務する嶋田さんとは懇意でね

タクシー・3

「さて、二つ目ですよ、いやいやこのゾクッとするちょいと嫌なケム、炭っぷりからして鳥肌、皮でしょうな、ヤクザ者というよりチンピラですね華南からのイタリア移民、うん、シチリンではないな、サルジミタ島アリカリから東海岸をしばらく北へ入った村はずれのハンパ極道でしょう、元は福建省武夷山の大きな茶農園の三男で、ガキの頃から手くせ足くせ極めて悪く、抜け参りにはグレまくりというやつで、二度目の七つの歳には早くも見習いのとれた不良で通ってたんだね、家は村の庄屋でもあり示しがつかず、この子は頭

タクシー・4

これはまずいというところをきっかけに二人海を渡り南へどんどん逐電したんです、あてずっぽうにボロニャン迄やって来て南京街の用心棒になったがこの彼めっぽう女好きがする、間もなく東洋メニアックなボスの女に喰われて今度はめっかった、男の留守中に遊んだ折、間抜けな事に親分にもらったばかりの財布を忘れて中に入れた女からの誘いの手紙を見られたんです、ボスは奴の両手両足をへし折らずには勘弁ならぬと大いに怒ったところを、この娘をそちらへ納めるので何とかどれか一本で手打ちに願いたいとぶるぶる震え

タクシー・5

この二羽分の皮をこの道八十年、五歳から習ったバイトのお婆さんが夏場のエスキモルックでチルド室にこもり、熟練の技で丸一日かけ丁寧に剝ぐ、これが一セットとして桐の化粧箱に納められ、熨斗には島一の老書家タッチ・ハヤナリイジョの手で“特級皮両染色体保証ロベルテ・チョンガ謹製”と揮毫されます、八十年キャリアのお婆さんは十四人いるので日産十四箱が可能でも、雌鶏を貫く然るべき人手というか、的主不問の若い太竿が慢性的に品薄というわけで、いよいよロベッチョ皮は珍貴のあたまんなのです、ともかくも

タクシー・6

   世界中の選って有能な幾多の若者達がこのドグマをド盲ら信心し、堂々と胸を張り公明正大に強盗を働き、各種の相場を乗っ取り乗っかり辱めた後、感謝をするどころか蔑み、どしどし人を掠め危めしては、人に会っては人を殺しだ、有り難いと思え、などとはすっかな仏教徒のように放言し、その人生の色をすっかり結構な具合に塗りかえたのです、そんな、素晴らしい、などというヘソが沸かしたお茶をすずしい顔で啜りながらの序でみたいな表現では全般的な激痛に頭の芯を抜きたくなるほど苛立つ、正にビヨンデ・デ

タクシー・7

  先に背中そして胸っ側と丁寧ながら勢いよく皮を剝がされます、これを担当するのは商人の皮ばかりをどっさり剥いた西大陸東部の専門家で、マーチャンダイズ性脳炎に罹り本邦の難病特別枠を濫用してやってきた、幼い頃から残忍非道な皮剥きには慣れていますが、温和で情け深い典型的な後漢民族の内気な男です、剝がされた皮はボディにほんの少し繫がったままワイヤが切られ、雄鶏は痛い痛いと夢中で皮を引きずり駆け出す先五十℃のトン辛子湯を溜めた池へ落っこちます、尚さら痛いので必死で上がろうとするのを七

タクシー・8

    さすがに粘着性の毛穴は僅かながら表現されていますが、本物を知る私は失敗作と云っておきましょう、オセンチックな作品はそう安易に出てくるものではありませんね」 「お二人とも講釈が誠に新内節めいた妄想で驚きました、〝利胆〟の集いでは恥知らずの上、分からず屋な想像の力を総動員し上手より誇らしくハレ舞台に登場した宍、臓腑の、ここでは炭ですが、その出自が抱える地理的条件からはじまる幾多のコンディッション、徒や疎かにできない食餌の献立、加えて教育係の一般教養、製鶏哲学、管理者、