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タクシー・7

 
先に背中そして胸っ側と丁寧ながら勢いよく皮を剝がされます、これを担当するのは商人の皮ばかりをどっさり剥いた西大陸東部の専門家で、マーチャンダイズ性脳炎に罹り本邦の難病特別枠を濫用してやってきた、幼い頃から残忍非道な皮剥きには慣れていますが、温和で情け深い典型的な後漢民族の内気な男です、剝がされた皮はボディにほんの少し繫がったままワイヤが切られ、雄鶏は痛い痛いと夢中で皮を引きずり駆け出す先五十℃のトン辛子湯を溜めた池へ落っこちます、尚さら痛いので必死で上がろうとするのを七分程棒でつつき邪魔をしますが、重篤間近な雄の体力をみて自力で這い上がれるくらいを計って止めます、やっと最期の力を振り 絞ってよじり上るとフラフラの彼はすぐに次の池へは塡まります、これは塩で沸点を高めた熱湯で、ギイギイギイと三声くらい鳴いて大人しくなります、ここでだっこ係は気絶した彼女の背中をドンと叩いて気付けをし、さあ大変だ急いで彼を見舞わなくちゃ、と声をかけて彼女を離す、ヨタヨタ走り出しトン辛子湯にぽちゃん、塩熱湯にドボン、これも三声で静まる、ここであまり熱が入り過ぎないよう雄は一旦引き上げられ、湯が冷め雌のエキスが充分しみ出た頃合いに雄を戻し一昼夜置き二人分のスキンをベリベリ剝くとこの惨劇が生んだサド皮の出来上がりです、残った無念のムクロと化した彼女は完全に茹だり彼は生煮え、血抜きもしない、馬鹿げて付いてなかった悲劇のだぶだぶ茹だりな番い鶏など、当たり前の食材にはなりませんが、人目を気にする首都圏のマニアがそっとやって来ると噂される、富山の薬種問屋で若旦那に収まった、太棹のバチさばきだけが取り柄な三戸出身の入り婿が道楽で開けているイカモノ食堂へ卸します、若い同伴に人気で女の子は料理の来歴を聞いて泣きながら不味いのをぐっと堪えてこれを喰い、全部食べ終わる頃には何だかちょっと美味しいような気がしてきて、お代わりはあるのかしらというような表情を見せ、その様子を肴に〝越中乃深情〟準佳選をやや温るめの冷やでやるのが軽い変質者を気取った東京成りの田舎男子に流行だそうです、そんなイカポン肉の事はいいとして、残念ながら本日のサド皮は弱い、彼女は近頃他の若鶏に目移りしていたようですね、彼を追う脚力に本気が足りず、トン辛子湯から上がった後も熱湯の前でモミジに伸びる脹らはぎの腱に躊躇がありました、係員の目もあるしここは不運とあきらめて、冥土へ着いたら彼には正直な気持ちを話して別れよう、そして恋しい若鶏が来るのを待っていよう、そんな恋愛になじまない功利性の原理を瞬時に採用した心の整理を私は見逃しませんでした、何も怖くはないという一途な無謀さがないため純粋であるべきつけ汁は不埒な雑味に濁り、真っ直ぐな愛に貫かれていたルスタ皮はこの不貞を敏感に察知し、間男臭い皮の液を受け付けません、ハーモニーを奏でないのです、サド皮というものは段取り、打算、将来の展望などそっくり無しの専心馬太郎スッポンポンな、全体どこをとっても色盛り一色、和姦三昧自ら誇らしげな二人からのみ生み出されるのです、

つづく

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