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【哲学小説】シャネルの爆弾

田島敏夫は恐ろしいことを考えていた。人間が空中に浮くためにはパンプキンソーダを塗したりんごを持って新宿駅で自爆するというものであった。爆弾はシャネルが作ったブランドものである必要がある。先日しょうもない転倒で起こした股関節の脱臼を治療するために入院したのだが、敏夫はその病院を出てすぐにそのまま新宿へと向かった。山手線内は誰もが自分のこれから成す偉業を心待ちにしているように彼には見えた。太陽はまだ沈まない。過ぎゆく高田馬場の景色はまだ存分に明るかった。しかし爆弾がないというのは問題だった。彼にはよくわかっていたのだ。シャネルは自分のために爆弾を作らないだろうと。いくらお金を用意してもシャネルは爆弾を作らないのだ。お金でできないことはこの世にいくらでもある。新宿駅に到着しても敏夫は電車を降りなかった。まだまだ準備が足りないからだ。ようやく見つけた空席に腰をおろして、これからのことを考える。山手線はいずれまた新宿に戻ってくる。それまでに何とかしなくてはならない。電車が渋谷駅に到着するとたくさんの人が降りて、また新しい乗客が乗り込んできた。男だったり、女だったり。誰もが敏夫にとって兄弟みたいなもので愛しい対象であった。みんな彼と同じく苦労したり楽しんだり悲しんだりしているのだ。そして、どこかの駅で降りて何かをしに行くところなのだ。なぜそれをしに行くのか本当のところ誰もわからない。みんな同じ。その行った先で何かをしたとしても、それはなぜやったのか本当のところは誰も知らない。でも敏夫には一つはっきりわかっていることがある。シャネルは敏夫のために爆弾を作らない。どんな手段を尽くしたとしても、それが起きることはない。いずれこの電車は新宿駅に戻ってくるだろう。何でそうなるのかは本当のところ誰もわからない。

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