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「素直で疑い深い」。そんな「ANDの才能」を持つ(ベターアイデア? v3-75)

4人で会話していた。ひとりが、何かの話の流れでこんな話をしてきた。保育園/幼稚園の教育機関の経営者と話をしたことがあり、そこでは、何かをやる前に自分は「できる」と園児に口に出させて、仮にそれがなんらかの評価軸でダメだったと定義される場合も「どってことはない。次はできる!」と言わせ、仮に成功だったとしたら「ほら。できた。次もできる!」と言わせる、とのこと。

で、この内容について残りの3人がそれぞれコメント

1人目(女性)が:
「確かにそれはいいかもね。大人になっても同じでしょうね。何かをする時は「私はできる」って言うようにするわ。
なかなか最近、挑戦することというか、新しいことがあまりないけど、この効果を検証するためにも「できる!」って言ってからやることにしよっと。ポジティブに自信を持ってね、ということよね。ま、失敗しても「次はできる!」ね。永遠に言い続けていたりして」。

2人目(男性)が:
「確かに、自分で自分をアゲアゲする声をかけるのは良いって話はよく聞くし、「できる」と言ってから何かすると、一旦、難しい問題だけどやっているという気づきになるし、なんか鼓舞される気もするけど、それで、できたか/できないかが検証になるし、いい気はします。たまに私も鏡見ながら内省しています。ただ、理解は出来るのだけど、でも、口では「できる」って発言したけど、心の中で「えええ、どうせ無理だよなぁー」って逆に思っていたらどうなんだろうね。発言したポジティブと心の中のネガティブはどっちが勝つのだろうね。。。

3人目(女性)が:
「いやぁーどうなんだろうね。幼稚園の儀式としては別に良いけど。ちなみにその幼稚園では、園児はみんな「できる」ようになっているのですかね。効果を定量的に知りたいですよね。なんか統計とか確率とかないのかしらね。
それらの数値も合わせて聞くとなんか説得力が増しそうですよね。あ、逆に「できない!私はできない。ボクはできない。絶対にできなーい!」って大声で言わせたら、リラックスできて、ダメ元で、できたりして。こういう対比実験も欲しいですよね。幼稚園とかでは道義的にこんな実験はできないでしょうね。。。」

三者三様。ちなみにボクは2人目。「できる!ボクはできる!」って言うのは無料だし、大声や口に出すのが恥ずかしかったら心の中で言えば良いのだから、言えば良いじゃん、って思うけど、「とは言っても、いやぁ無理だよなー」って思う時も正直あるから、それでも口に出すことが脳科学的?心理学的?に効果的だよ、って確証があるとより良いな、と思ったところ。

しかし、1人目以外は面倒な発言だ。なんだか賢いのか、コミュニケーション下手なのか、空気が読めないのか、流せば良い話なのか、重箱の隅をつつく系なのか。

結局、1人目のひとが、色々と挑戦して上手くやっちゃう性格のように思ったです。「素直」というのでしょうか。別に疑問も無く即信じたようです。あるいは、コミュニケーション力があって、他愛も無い会話の中なので、こんな相づちを打っただけかもしれませんが、それでも色んなコメントの選択肢が有る中でこのコメントですから、やはり「素直」なのでしょう。

2番目のひとは、ってボクですが、信じたいのだけど、疑問も起きて、もう一歩、確証が得られたら、実行したいと思った状態です。

で、3番目のひとは、たぶんこの「できる」発言の効果は最初から疑問に思い、信じていないですね。2番目と違って、プラスで定量的な効果結果を見せられても、同様な効果を示す他の実験結果などを見せられても、信じなさそうです。

もちろんなんでも素直に受け止めず、疑問に思うのは、それはそれで良いことではありますね。特に職場では。以前「Devil's adovocate」習慣なるものを皆にお願いしていました。「悪魔の代弁者」が直訳でしょうが、”人の意見・レポートをあえて信じないで、反対しよう・反論しよう”の姿勢です。そのプロセスで更に良い主張・レポートに昇華されるのだから、という考えです。会議などでそういう役割を主張者以外に担ってもらおう、ということです。

でも、愛嬌無く・厳しく・きつく・嫌らしく・嫌みっぽく・相手を馬鹿にしたような口調でこれをやると、険悪です。この場合は、この「Devil's adovocate」する側がとても幼稚。知性も人間性も欠如ですね。

提示された新しい考え方についてどう対応するか。この「素直さ」と「疑問に思うチカラ」の二つの能力?性格?コンピテンシー?をバランス良く、両方持てるといいですね。「その意見・考え方。ぜひ、信じたい。それがそうならベターな世の中だ。自分も採用したい。でも、ちょっとこの点が上手く理解できない。疑問に思う。だから、XXXな点も教えて欲しい(あるいは調べてみよう)。」みたいな。

目指せ、「素直で疑い深い人」。「疑い深い素直な人」。円滑なコミュニケーションのコツでもあるように思います。愛嬌と賢さ、感情的とロジカルと、こんな両方が感じられます。知性ある人間力というのは、一見、どっちつかずに見えて明確さが無くコウモリ的かもしれないが、”複雑な対応”ができるチカラ、相反する性格をバランスよく共存できるチカラなのかもしれません。ANDの才能ですね。

今日のベターアイデア:
自分が今まで知らなかった考え方に接したとき、素直にそうだね!と思うのか、疑問に思うのか。両方がバランス良く共存しているといいのかなと思う。素直で疑い深くあろう。疑い深く素直であろう。相反するチカラをバランスよく共存できるチカラ、ANDの才能を持つと、知性ある人間として魅力が増すように思います。それを目指すのはベターアイデア。そのために、新しい考えに接したら、まずは素直に信じ、そう発言する。そして、より信じるためにはどうするかを考え、教えを請う/調べる。新しい考えを伝えてくれた方とのコミュニケーション・関係も円滑になりそうです。

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