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カートゥンガール5

「なに言ってやがんだコイツ……」
「アーオゥ、ワタシ日本語あまりうまくありません。普段はコンビニで働いマース。なまえ、サバス」
「なにしにきた?」
僕は土下座の姿勢のまま体を固くして、身動ぎもせずに二人のやり取りを聴いてた。
「オー、チョットマッテクダサイ」
「あぁ?」
そう言うとサバスって人は、ポケットからスマホを取り出した。
白と水色の縦じま模様の服はどこかのコンビニの制服そっくり――っていうか制服だった。
「シゴトのデンワかけます……モシモシ、サバスです。潰れそうなカッフェが上にあります、地下のライブハウスです。ミスターオネット、その中にいまーす。位置送りマース」
位置を送る?
「おいお前、下手なマネすんじゃねぇぞ」と、気付けばドミニクはポンプ式のショットガンを構えてた。たぶんモデルガンだけど「俺たちファミリーに危害を加えてみろ。ただじゃおかねぇ」
「ワタシはなにもシマセーン。ミスタオネットの場所教えるだけで、お金キマス。そういう仕事だけ、私行いましたデース」
「誰に? 何のために?」
「わかりません、しりません。ワタシは待つだけデスマス」
「なら選べ」ドミニクが低く野太い声を響かせる「今すぐ出て行くか。今すぐ死ぬか。早く選ばねぇと、うっかり引き金を引いちまうかも――」

――とその瞬間、ジェット機のエンジンみたいな音が耳をつんざく。
開け放されたドアの向こう。
ライブハウスの入り口の階段からこっち側に向かって、なにかが物凄い勢いで飛んでくるのが見えた。
スーパーマンみたいに片方の拳を伸ばしながら、地面スレスレを滑空してる――人だった。
「ンンゥミスターテネンバウムッ!」
その謎の男が叫び、僕の前に着地して仁王立ちする。
水色のセーターにワイシャツ。探偵が来てそうなベージュのロングコートがはためいている。
「俺の名前はエイブラハム・ゼゾ! ラバーズの名にかけて、お前を倒し、彼女を救う!」
そう言って突然、僕の顔めがけてハイキック。
ギリギリのところでかわしたけど、すかさず放たれる右フックを食らい、僕は吹っ飛ばされる。
ファイティングポーズのままゼゾとかいう奴が歩み寄ってくる。
「ちょっ、ちょっと待って!」追撃が始まる前に僕は言う。
「なんだ、お前がオネット・テネンバウムだろう」
「そ、そうだけど、ちょっと整理させて! そこの人は何……そのサバスってひと?」
「あぁ、ご苦労だったなサバス。帰っていい」
「アリガトガザマース。コンビニ戻りマス」
そうしてサバスはすたこらとその場を去った。
「じゃあ次、なんで僕らバトルしなきゃならないの?」
「なんでって、DMの通りだ」
「DMって――あ」
ついさっきのことを、僕は思い出す。

――
「ヘンなDMが一つある。えぇと、前略オネット・テネンバウムさま。私はエイブラハム・ゼゾと申すもので……ラバーズという組織の一員で……彼女を賭けた決闘を申し込む……世界を守るためには貴殿を殺さなければ……あー、よくわかんねぇし、つまんねぇ」
「仕事の話か?」
「もう消したからわかんないよ」
――

「あぁ、ちゃんとは読んでなくて。ねぇドミニク、削除したDMって復元出来たりする?」
「知らねぇよ。次から次へと……頼むからお前ら、暴れるなら外でやってくれ。もう手に負えねぇ」
呆れたような調子でドミニクは溜息交じりに言う。
「消したのかキサマ? AIに推敲も校正も頼んで、何度も読み返して、緊張しながら送った俺のDMを、キサマは消したのか!?」
「えーと、いや、もしかしたら消えてないかも――」
「この……舐めやがって! 死ね!」 


俺はエイブラハム・ゼゾ。誇り高きラバーズの一員。
コートニー・グラースをオネット・テネンバウムの魔の手から救い出すため、世界を守るため、キスさせないため、ここにいる。
お前を倒す。お前をぶちのめす。お前を――


――あぁ駄目だ、この人には通用しない。
語り手を譲ってみても、ベン・ショウの時みたいにはならない。
エイブラハム・ゼゾは迷わない。シンプルに意志がつよい。
「隙だらけだ、テネンバウム!」
顔面に強パンチを食らう。
ゼゾは僕に馬乗りになって、殴打を浴びせてくる。
「ド、ドミニクっ! 助けてよ!」
「てめぇの問題だろ、てめぇできちんと片付けやがれ。あと外でやれ」
「せめてそのショットガン貸して」
「こいつは脅し用のモデルガンだ。お前と同じでタマナシ」
そのうち呻き声しか出なくなる。
「あぁクソっ! 痛い! アァ!」
「死ぬまで続けるぞ! ミスターテネンバウムッ!」
ゼゾの拳から僕の血が滴り落ちてる。
抵抗する力もなくなってくる。
やばい、これは……ガチの……ゲームオーバーじゃん。
「彼女はァ、コートニー・グラースは俺のものだ! ミスターテネン――」
「――サイアクね、ラバーズって」
僕もドミニクもエイブラハム・ゼゾも、声のした方向へと同時に振り向く。
コートニーの声だった。
みんなが買い物から帰ってきた。
「あなたがエイブラムス?」
「エイブラハムだ。そう言うお前はコートニー・グラースだな。これが生で感じるコートニー現象か。ふむ……実に味わい深い」
「この人がそうみたいだよ。ペイジ」
そう言ってコートニーは肩を竦めながら、後ろにいたペイジに道を空ける。
「目に刻んでおけ。今からお前を救い出す、その史上最高のシーンが……誰だお前は?」
「ペイジ・三浦。あんたが下手くそだとか言ってたバンドの、下手くそなドラマーだけど?」
「なに? 俺はそんなこと――」
「あっそ」とペイジは冷淡に呟いて、ドラムスティックを取り出し、彼の顔を凄まじい速度で連打した。
「これでも下手かぁ? アァ!?」
たまにゲーセンで見かけるような、太鼓の達人がめっちゃ上手いやつ。
それに似てた。一撃の重みを除いて。
半ば死にかけてるようなエイブラハム・ゼゾを、ペイジは鬼の形相で叩き続ける――。
〈67COMBO Perfect〉
ちらっとドミニクの方を見やると、彼はサムズアップして僕にウィンクを飛ばしてきた。
どうやらドミニクが嘘のメッセージをペイジに送っていたらしい。
メッセージの内容は、急に現れたヘンな客がドラムがクソだとか言ってるとか、たぶんそんなこと。
「ッシャラァ!」
ペイジは最後に、ドラスティックで彼の股間を思いっきり打ち鳴らした。
シンバルの音が響き渡った気がした。
そのうちにエイブラハム・ゼゾがラヴになって消える。

〈FULL COMBO!!〉【SSS!!】

たぶん、一件落着だった。


「じゃあなに、ドミニクあんた、私を騙してたってわけ?」
「緊急事態には緊急手段だ。仕方なかったんだベイビー」
「ほんっとサイアクね」
「最悪な男は嫌いじゃないだろう?」
「えぇ、そうね」大きなため息を、ペイジは漏らす「言えてる」
どうやらドミニクは許されたらしく、僕もコートニーもポールもファンの女の子も見てる前で激しく熱いキスをする。
普通にキス出来るのが、羨ましかった。

「で、なんでこんなことになったわけ?」
コートニーが僕の顔に絆創膏を貼りながら尋ねてくる。
「よくわかんない。なんかラバーズとかって言ってた」
「ラバーズ?」
回復薬グレートとハイポーションを調合しながら、コートニーは聞き返す。
「そう、そいつらが僕らの恋路を邪魔しようとしてるっぽいんだ。キスが出来ないのもたぶん、そいつらのせい……」
「じゃあまた、襲ってくるかもしれないってこと?」
「そう……みたいだね」
コートニーは不安そうな表情を浮かべる。

――けれどそこで、突然ジュラシックパークのテーマ曲が流れ出した。
ポールがロマンチックな雰囲気を演出しようとしてくれたのか、スマホから曲を再生してた。
音楽の盛り上がりが最高潮になるタイミングで、僕は彼女の瞳を見つめながら言う。
「でも大丈夫。僕らきっとうまくいく。オールイズウェル」
「オネット……」
「コートニー……信じてくれ、なにもかもよくなる。僕ら、いちばん不思議なときに出会ったんだ」
完璧なエンディング。
あとは暗転させて、スタッフロール。
             


DIRECTED BY ONETT

CAST

COURTNEY     HERSELF
DOMINIC       HIMSELF
PAUL    HIMSELF
PAGE    HERSELF
ABRAHAM   HIMSELF

MUSIC
ミュンヒハウゼン「sad song」
作詞作曲 PAUL
    編曲 DOMINIC

SPECIAL THANKS

メディアプラス株式会社  グローバル・ロジスティクス社
インフィニティ・デザインスタジオ
株式会社indent     タイラー石鹸株式会社
エディンバラエアライン  Orange Mocha Frappuccino Ink.
Sexy Bob Omb                      THE Little Ship Corp.
株式会社商売繁盛文明開化
科技精英公司
Banco de Asociación
미디어플러스 주식회사

…AND YOU

「――ぷっ」
誰かが声を漏らす。
「ウェヒ……ゲヒュっ」
ファンの、女子大生の、名前も知らない子の声だった。
「ギャーッアハハハハ! ホントすません! ごめんなさい!」
大爆笑だった。
「だってズルいって、こんなの……ドュッハアハハハァ! グフッ……いやぁキツいっすキツいっす、マジでぇフヒ! なんかツボっちゃって……アァコートニー、アァオネットォ……ってキッショすぎて、ギャハッハハァ! アヒッヒャハァッ……ハァ、ハァ。息できんっ、あーしんど――」

「ねぇ」ポールは周囲の顔色を窺いながら尋ねる「こんな空気になったのは、ぼくが曲のチョイス間違えたせいってわけじゃないよね」

――とにもかくにも、僕らはここに住まわせてもらうことになった。


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