見出し画像

カートゥンガール6

小鳥のさえずりがモーニングコール。
フカフカのベッド。羽毛のオフトン。低反発の枕。
窓から射してくる暖かい陽射し。
ベランダに出て、心地いい風を感じる。

最高に素晴らしい一日の始まりだった。
「やっと起きたかバカ野郎」
ルームメイトがドミニクだってことを除けば。
「オネット、お前の寝言で何度目を覚ましたか分かるか? おかげでこっちは寝不足だ。どうもありがとよ」
「寝言?」
「あぁ、寝言さ。コートニー、あぁコートニー……ってな。夢の中でなにしてたかは詮索しない。でもな、今度抱き枕代わりに俺に抱きついてこようとしたらタダじゃ済まさないからな」
そう言ってドミニクは、ジョッキに入れた5、6個の生卵をグイと飲み干してた。
それから自分の言葉を強調するみたいにしてテーブルにジョッキをドンッと叩きつけ、僕を睨む。
「それさ……おいしいの?」
「時と場合によるな。少なくとも、今日のはマズイ」
「そ……そっすか、ハハ……」
それからドミニクは、しばらく僕を睨み続けてた。
顔を洗ってる間も、服を洗濯してる間も、冷蔵庫の中を物色してる間も。
「うぉ、これなんのサプリ?」と、僕がベッド脇にあった亜鉛のサプリメントを一粒もらった時も。
「いいか、オネット。世の中にはルールってもんがある。そして同じように、俺の部屋にも俺のルールってもんがある」
「そりゃそうだろうね」
「ルールその1、勝手に俺のものを食べるな」
そう言われて、僕はすぐに口に入れていたサプリをケースに戻した。
「ルールその2、唾液まみれのサプリを元に戻すな」
「じゃあなに、結局食えってこと? 矛盾してんじゃん」
「ルールその3、俺を怒らせるな」
「人間だもの。誰だって怒るさ。なんでそんなにイライラしてんのさ?」
「さぁな、今日は俺の男の日かもしれない」
「皮肉のつもりでもあんまそういうのネタにしない方がいいよ。もしかしてペイジにもそれ言ってる?」
ジョッキを持ったまんまのドミニクが僕に近づいてくる。
「なに、卵のおかわり?」
顎に強烈な拳が飛んできて、そこから先は覚えてない。

気付けば夜になってた。
地下のライブハウスには、昨夜と同じメンバーが集まってた。
「やあオネット、調子どう?」と緑のジャージを纏ったポールが呑気に話しかけてくる。
「どうだろ。ルームメイトの誰かさんに殴られて、一瞬で夜になってた」
「分かるよ。ぼくもドミニクと一緒の部屋になったことあった。今回と同じように空き部屋がないからって、しかたなく同じ部屋に入ったんだけど、まぁ同じような展開だったよ」
「同じような展開って?」
「んー、よくある話さ。もともと掃除とか家事とかも分担してやってたんだけどね。なんだかぼく、めんどくさくなっちゃって、サボるために架空の病気の偽の診断書作ったんだ。それがバレたってだけの話だよ」
「そりゃあ……バレるんじゃない?」
「ううん、半年はバレなかったよ。バレたのは、ぼくがそのことを歌詞に書いちゃったからなんだ。よかったら、後で聴いてみる?」
「うん、時間があれば……」と、僕は答えを濁した。
「ねぇ、みてよ、コートニーとペイジ」そう言ってポールは、ステージの上で談笑してる二人を指さす「キミたちと違って、あっちの二人はルームメイト同士、うまくやってるみたいだね」

ホントだ。
コートニーはあの凶暴なペイジと仲が良さそうに話してた。
コートニーが相手なら、話が弾まない人なんていないんだろうなって思った。
改めて彼女に感心しながら、僕とポールは部屋の隅にあるソファにしばらく座って、二人を眺めてた。

ステージの前に三つ並べたパイプ椅子。
僕とコートニーがそこに座り、残り一席にファンの女の子が腰を下ろす。
「あ、昨日はホントすんませんした」彼女は言う。真顔だった。申し訳なさそうな表情なんか、微塵たりとも浮かべてなかった「あたし、ハルタって言います。悪気はなかったんすけど、リアルにああいうのあるんだって、なんかツボっちゃったんです。優しお二方なら、分かってくれますよね?」
それを無視して、僕はコートニーに話を振った。
「今日さ、なにしてたの?」
「普通に配達の仕事。そういうそっちは?」
「僕は、気を失うのに忙しかった」
「気を失うのに? それって、なにか元ネタとか――」
そう彼女が言いかけたところで、彼らは登壇した。
我らがミュンヒハウゼン。
ギター&ボーカルのドミニク。
ドラムのペイジ。
ベース&コーラスのポール。
今夜は僕ら二人の入居を祝う、歓迎ライブだった。
「みんなァ……今日は来てくれてありがとォ……」
ポールがマイク越しに言う。
客は僕ら三人。演者と客の数は同じだった。
「盛り上がってますかッ」
もう一度言う。
客は僕ら三人。
「イェーイ!」コール&レスポンスに応えるのは女子大生のハルタのみ。
「ついてこれんのかッ」
「イェーイ!」
僕とコートニーも調子を合わせて「いぇー」と言ってみる。
「今こうして、ステージに立ててるのも、きっとみんなの応援のおかげ……なんだよね。ぼくらの母なる大地が、オゾン層が、宇宙人の侵略を防いでくれてるおかげ……なんだよね」
そんなポールの冗長で退屈なMCを、僕とコートニーは苦虫を嚙み潰したような表情で聴いてた。
その一方で、なにがどう心を打ったのか、ハルタは今にも泣きだしそうだった。
「エイリアンから見ればぼくらってさ、ほんとちっぽけな存在……なんだよね。生きてる理由なんてなくて、だけど死にたくもなくて、こうして今日もやり過ごしている、そんなどうしようもない下等生物なんだって、きっと……思ってるよね。でもね、ぼくら人間にしかできないことって、きっとあるんだよね……うまくいえないけど、たぶんそれってあれに似てるんじゃないかな……ほら、ラヴを分かち合うこと……なんだよね。それってさ、やっぱりぼくらにしか出来ないこと……なんだよね」
そこでドミニクは微笑を浮かべ、ペイジはやれやれとでもいいたげに片方の口角をキュッと上げて鼻で笑う。
どうやら演奏する段になると、三人ともバカになるらしい。
それでも「このクソバンドが!」なんて野次は、僕は口が裂けても飛ばせない。また気を失いたくない。
「オーケイ、じゃあみんなに新曲を披露するよ。正直に話すけど、この曲のメロディーはね……ふと降りてきたんだ。だからぼくのアイデアじゃなくて、神さまのアイデアってことになって……つまり、ぼくらは神さまの著作権を侵害してるってことになるね! HAHAHA!」
「ギャハハハハ!」とハルタが下品に笑ってた。
「それでは聞いてください。曲のタイトルは『感動した。考えさせられた。とてもよかった』です」

――――――――――――

Bm       C
ウゥワッ! やばッ!

――――――――――――

「ありがとう……」ポールが言う。

曲が終わったらしい。
ほんの数秒だった。
これまでに聴いた中で、間違いなくいちばん短い曲だった。
「え……」コートニーは困惑してた「終わり?」
ハルタは興奮のあまり気を失って倒れてた。体をビクビク震わせながら幸せそうな表情を浮かべてた。
「次の曲はぼくたちの新しい仲間、コートニー・グラースに捧げます。それでは聞いてくださ――」
「待て、ポール」と、ドミニクが不意に遮った。
「ん、なに?」
「見ろ、入り口のところ。またバグってるやつがいる」
見れば、ライブハウスの入口、階段のところ。
ウーバーの鞄を背負った何者かが、階段を下りては昇るその動作を瞬時に繰り返してた。
腕がヘンな方向に曲がってたり、足の片方が階段にめり込んだりしてる。
「ドミニク、なにあれ……?」
僕が尋ねると、ドミニクが溜息交じりに答える。
「ちっ、あの階段はよくバグるんだ。それでどっかのアホウが、余計な噂を立てたんだよ」
「噂って?」
「そのバグを利用すればワープできる、そうすれば早く家に帰れるとかなんとか。そのせいで、それを信じたバカどもがたまに来やがるんだよ。俺たちのライブも観ずにな」

……どういう原理?

「集中できない。はやくつまみ出してよオネット」ペイジが冷ややかな調子で言う。
「なんで僕が」
「頭のバグってるお前と体のバグった不審者。気が合わないはずがねぇ」
ドミニクの追撃だった。
「嫌だよ、ホントにバグってる人となんて会ったこともないし――」
助けを求めようとしてポールを見たけれど、彼はにこやかに親指を立てるだけだった。
「情けねぇな……コートニーが見てんのによ」
……。
コートニーが……見てる……。
すかさずバッと振り向いて、僕は彼女を見つめた。
「が、頑張ってね……」
そのたった一言で、力が湧いてくる。
見ているだけで吸い込まれそうなコートニーの瞳は、僕に「頑張ったらご褒美あげる」とかなんとか、そんな感じのことを仄めかしてるみたいだった。
実際には口にしてないけど、確かに仄めかしてた。
暗に示してた。
――ご褒美って、なんだろな。
きっと、たぶん、史上最強最高の彼女のご褒美だから期待してもいいはずだ。
夢が広がる。妄想が膨らむ。
そのうちにアラブの石油王みたいな格好をした僕とコートニーは結婚する。
僕は上品で意味深な微笑を彼女に向けながら、ベンガル虎の首を撫でさすったりしてて――ウゥワッ、やばッ――。

「――ねっト……オネット?」
「あ、はいッ」コートニーの呼び声にハッと目を覚まして、僕は現実に戻った「どうされました?」
「あの人、どうするの?」
「心配無用。僕が直々に出向いて傾聴し、客人を丁重にもてなし、ご理解いただく」
「口調……」
「きっと彼にもなにか、お理由がお有りなのだろう。お困りであれば、お僕がおバグのお原因をお調べし、お解決さしあげ、おハッピーエンド」
「敬語……ヘンだけど」
そうやって石油王を憑依させたまま、僕は不審者に近づいて、話しかけてみた。

【オネット】
「どうかされましたか?」               ▼

【不審者A】
「イヤッフイヤッフゥ! イヤッヤ、ヤ、ヤヤヤヤヤ
 e[eed^3 アネ゛デパミ゛wo16れ;――error : code11703」   ▼

ウーバーの鞄を背負った不審者と目が合った途端。
それは唐突に始まった――。

【配達員のパワーパフビッチがしょうぶをしかけてきた!】


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?