見出し画像

カートゥンガール4

「よぉ、クソオネット。久しぶりじゃねぇか。やっとうちで働く気になったかよ」
「違うよホアンさん」
今にも潰れそうな郊外の喫茶店。
ここには来たくなかったけど、でも他に行く場所もなかった。
「ハイ、どうも……」
コートニーがホアンさんに挨拶する。
「おいおい、今度のガールフレンドはかなりイカしてるじゃねぇか。レンタルか? いくら払ったんだオネット?」
「違うよ、ちゃんとした彼女。ごめんコートニー、この人はホアンさん。ホアンさん、こちらコートニー・グラース」
コートニーは「はじめまして」と軽く頭を下げる。
「その、私はレンタルとかそういうのじゃなくて、ちゃんとした彼女で、オネットはちゃんとした彼氏なので……」
「おいおいお嬢ちゃん、予言してやろうか。一週間だ。一週間でオネットのことは忘れたくなるぜ。それでこの一週間を、生涯後悔することになるんだ。なんであんなやつと付き合ったのかってな」
「そ、その話はもういいよ。ところでみんなは、まだ元気にやってる?」
「あぁウザイくらい元気さ。まだこの上に住んでる。ちょうど今も地下で、現実逃避しながら夢を追ってる最中じゃねぇかなあのカスども」
「わかった、ありがとう。いこう、コートニー」
「えっ、うん……じゃあまた、ホアンさ――」
コートニーそうが言い切る前に、僕は彼女の体ごと抱えて運んだ。
「あいつらに会うなら、先月の家賃さっさと払えって言っといてくれ!」

それから一度、店の外に出て、地下に続く階段を降りて行った。
ライブハウスの扉の向こうから、音楽が聴こえてくる。


 Em        Bm    
 yeah 気持ちいい oh 気持ち悪い
 Em         Am     G
 so   なんかダルい  でも超最高!
 Em          Bm 
 yeah クソエモい    oh クソダサい!
 Em         Am    G
 so     なんかいい  でも超サイアク!

 C#m     A♭   Am   Bm
  さぁみんな  ダンスフロアにこいよ

 C#m     A♭  Am         Em
  けだるくっても 「元気だぜ」って答えてやんだ 

 drum solo
 おい聞いてくれ 俺のダチのボブがこう言うんだ
「あれを見ろ。ほら、あそこの24時間営業のジムの前で話しているやつ
 彼らは俺の女房と愛人だ!」
 そして俺はこう言い返したんだ
「それは偶然だな。俺の女房と愛人もあそこで話してるぜ!
 俺たち最高に気が合うな! ハイファイブだ!」

Em         Bm
 yeah くだらねぇ uh どうでもいいぜ
Em         Am     G
   HAHA,世界のみなさん元気にやってる?  

                    〈みんなも演奏してみよう!〉



――曲が終わる。
「練習中、ごめん。それからみんな、久しぶり」
ステージで演奏を終えた三人、あと追っかけの女の子っぽいのが一人。
計四人の視線が僕へと突き刺さる。
「この子はコートニー。僕の、今のガールフレンドで……あぁ曲は良かったよ! すっごい感動したしイカしてる、もしかして武道館ライブのリハの途中だったりした? ファンの子もいるみたいだし……ほら、僕がいた時なんてファンだっていなくて……はは。少なくとも一人増えてるし……」

ドラマーの女の子がステージから降りてきて、ゆっくりと僕に近づいてくる。
「やぁ、ペイジ。久しぶり、元気してた? 見たところ、絶好調って感じだけど、キミたち『アンダーパンツ』がどうして制作会社に見向きもされてないのか、ホントに不思議で仕方がな――」

稲光みたいなペイジのパンチだった。
みぞおちに食らってこうかばつぐん、僕はうずくまる。

「『アンダーパンツ』はアンタがいた時のバンド名。今は『ミュンヒハウゼン』って名前でやってるからよろしく。頭に叩き込んどいて」

そう言ってペイジは横になってる僕に蹴りを入れ続ける。
「待ってっ、ストップ、死ぬっ」
めっちゃ痛い。
「ちょっと、あなたっ」とペイジを止めようとするコートニー。
「ペイジ、そのくらいにしておけ」とガタイの良いギタリストのドミニク。
「もっとやれ!」と囃し立てるのは何を考えてるかよくわからないベーシストのポール。
そしてそれを唖然と眺めてる追っかけの女の子。ネックレスとイヤリングがオシャレで、黒髪のポニテが良い感じ。女子大生かな。僕がメンバーだった頃はいなかったのに、こんな可愛い子……。
「オネット!オネット……!」
あぁ、コートニーの声が、遠ざかっていく。


起きた。目が覚めた。
「知ってる天井だ」
そう呟いてから、がばっと身を起こす。
「そりゃあそうだろバカ野郎。それとも忘れようとしてたってか?」
傍にいたのはドミニクだった。
「こういう時って大体さ、恋人が見守ってくれてるもんじゃないの」
「悪かったな、俺で」
見回すと、そこはライブハウスのバックヤード。
ドミニクはノートパソコンで事務作業するついでって感じで、僕と話してた。
「それで、コートニーは?」
「買いモンだよ。仲良く四人で行きやがった。ポールはハーレムだって喜んでたぜ」
そっか……。
仲良く四人で。さすが僕のコートニー。
すぐ打ち解けたりしたんだろうなぁ。
あぁでも、ペイジやポールから大学時代の僕の話を聞いて、幻滅してないかが心配だ。
「で、俺たちのとこに来たってことは逢引の部屋か、住む場所かなにか探してるってことか?」
「察しいいね、ドミニク。その両方かも」
「今度はあの子のヒモになるのか?」
「ヒモじゃないよ。史上最強最高のガールフレンドさ。ドミニクだって思っただろ、コートニーは一目見ただけで――」
「それって、流行りのコートニー現象ってやつか?」
「……えっ、なに?」
「コートニー現象。見ろよ、結構バズってるぜお前」
そう言いながらドミニクはPCの画面を僕に向ける。

複数のウィンドウに複数のSNS。
それぞれ別のウェブサイトだけど、共通点があった。
トレンド一位の欄――〈#コートニー現象〉

「はぁっ! なんだこれェ!?」
「グーグルトレンド見ても、ずっと一位のまんまだ。このまま特定されて、過去の問題発言も問題行動も暴かれて、炎上一直線だな。まったくおめでたいなぁオネットさんよ」
マジか。
こんな、あっさりバズるもんなんだ。
有名人がリプしてる。
不特定多数の誰かさん同士が返信欄で喧嘩してる。
コートニーがAIイラスト化されてる。
僕のマヌケ面がネットミームになってる。
「DMも、すんごい届いてるんだけど。こんな数字、見たことある?」
「日本人の2人に1人って感じだな。おれだってヘンな感じだぜ。そんな奴がさっきまで気を失ってた。しかも今、こうしておれと喋ってやがる」
「わお、案件まで来てる。無料脱毛、ソシャゲ、メンズエステ、出会い系アプリのレビュー……ん、なんだこれ」
「どうした?」
「ヘンなのが一つある……えぇと、前略オネット・テネンバウムさま。私はエイブラハム・ゼゾと申すもので……ラバーズという組織の一員で……彼女を賭けた決闘を申し込む……世界を守るためには貴殿を殺さなければ……あー、よくわかんねぇし、つまんねぇ」
「仕事の話か?」
「もう消したからわかんないよ」
「それはそうとして、ともかくだ。一度謝っとくんだな。あいつに」
「あいつって?」
「とぼけんな。ペイジ・三浦さまにだよ。しょっちゅうお前の話が出てきやがる。デート中でもお構いなしだ」
デート中?
「ってことはなに、今ってドミニク、ペイジと付き合ってんの?」
「あぁ、もうそろそろ一年になる。お前がバンドから抜けた時期とほぼ同時、二人三脚でなんとかやってる」
「うん、帰ってきたら謝っとくから」
「ホントか?」
「ホントだよ、おさかなのソーセージと一緒ならね」
「オネット……おれはお前を嫌いになりたくねぇ。だからよ、頼むから――」
「大丈夫だよ、モーマンタイ」
「ったく……」

やがて、バックヤードの向こう側から足音がした。
「ほらよ、あいつら、帰ってきたんじゃないか?」
言いながらドミニクは顎をクイッと動かし、僕に謝罪を促す。
こんな姿、コートニーには見られたくなかったけど仕方ない。
ドミニクに嫌われると、ここに住めなくなるかもしれない。
全てはコートニーのため、衣食住を整えるためだ。
僕はドアの正面で正座した。
そして両手を床に突いて、スマッシュ土下座のパワーを最大まで溜める。

部屋の外から足音が近づいてきて……それからノックノック。
「入れ」とドミニクが言い放った直後、四人が部屋に入ってくる。

――今だ。
生涯一度きり。最大タメフルパワー土下座を。
もうこれで……終わってもいい……だから、ありったけを。
「ごめんなさぁぁいぃ……ィィッ、ヒァン! ホントォに申し訳ございぁせん……申し訳ありません! 二度と勝手にバンドやめたりしません! 二度と何も言わずに別れたりしません! だからぁ、許してください! お願いですから、許してくぁーサイィ……! ッヒァーッハンアン!」

そう叫んだ。全力で叫びまくった。
思わず裏声になったり、涙が出て来たりもした。
心臓から血を前借りする勢いで、光の速さで頭を下げた。
もしかすると、僕のおデコだけが光速を超えてタイムスリップしてたかもしれない。
床に入ったヒビが地球の裏側にまで届いてたかもしれない。
過度なエネルギーの衝突で爆発したり、空間を裂いたり異次元の扉を開いたりしてたかもしれない。

「どこのどいつだ……」
ペイジの求める答えを察して、僕をうまく誘導してくれてるのか。
ドミニクがそう問いかける。
「私は何者でもございませぇん……ゥゥーフゥッ……! ヒックヒック、ただの、ただのぉクソ野郎です。史上最低最悪のォ――」
「黙ってろオネット! 不法侵入って知ってるか、ヨソモノ」
「黙ってます……ハァイィィ……! 不法侵入って知ってますかヨソモノ様ァ……」
ってあれ? 
なんかドミニクの言ってることがおかしい。
まるで、見知らぬ誰かが勝手に入ってきたみたいな、そんな感じ。
僕じゃなくて、そのだれかさんに言ってる感じだった。
「アノォ、スミマセン」
ヘンなイントネーションの知らない声。
そこでやっと僕は、おそるおそる頭を上げた。
丸い金縁のメガネ。
アフロみたいなもじゃもじゃの黒髪。
アフリカ系の日本人みたいな浅黒い肌。
「コレは日本の文化デスカ?」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?