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仮定の間違い

娘が朝起きない。
朝起きないというよりいつでも寝ている。中学生だから
そういうお年頃なのかもしれないが、昔からひたすら寝る。
そしてそれは「普通」の生活に支障が出るレベルだ。
つまり遅刻しまくり。
長男の朝起こしでバトルとエネルギーの消耗に疲弊してしまった
私は「朝子供を起こす」という仕事を早々に放り出した。
懇願されたら少しは声をかけるけれど、こちらがヒートアップするほどは起こさない。
長男も小中高、遅刻しまくりだった。
高校生になってまで学校から電話がかかってきていたが、電話に出るということもやめてしまった。
そんな彼は地方の大学受験に行き、受験の翌日寝坊して飛行機に乗り遅れて以来、それに懲りたのかアルバイトで起きなければ行けなくなったからなのか寝坊することは一切なくなったらしい。
次男はそもそも睡眠時間が少ない人間なので朝起きることに苦労したことは
ないのだが、それでも遅刻しそうになった時は通学路を全力疾走して間に合うように行っていた。
私も学生時代はとにかくよく寝た。高校が遠くて一本バスを逃すと絶対遅刻という状況だったので寝坊した時点ですぐに諦めてゆっくり支度して出かけて行った。そんな状態も大学で登山をするようになり朝3時起床、4時集合という生活になった途端、どんなに遅く寝ても必ず起きられるようになった。それ以来寝坊をしたことはない。

娘は放っておけばいくらでも寝る。休みの日は14時とかまで寝ることもざらだ。遅刻の回数は数知れず。もちろん色々やった。怒った、たたいた、物をぶん投げた、全て取り上げた、諭した、落胆したなどなど。
それでも全く届かない。
結局「自分が起きよう」としなければ起きないことを私は身をもって知っているので、彼女にとっての、私の「山」にかわる何かがない限り変わらないんだろうなと思った。
先日、ピアノイベントで寝坊して周りの人に迷惑をかけまくったのにも関わらず、翌日学校も遅刻した。
この時は諦めていた私もさすがに「あんな事件を起こしたにもかかわらず
全く変わらないのか」と心底がっかりしてしまった。というかショックだった。勝手に「あれだけ迷惑をかけたんだから本当にどうにかしなければいけない」と思うはずだと思っていたからだ。というか私ならそうすると思ったからだ。

これからどうしよう、と悩んだ。
怒ってもなだめても諭しても何も響かない。もうあなたのことは信用しないと言った。信用してない人の例をだして、いかに私が信用しなくなると
扱いがひどくなることを並べても何も効果がなかった。
ピアノ頑張れ、としか言わないで育ててきたようなものだから
それが悪かったんだな。ピアノやめさせるかとか
持病のせいかなとか私たち家族の生活が悪いのかとか
食生活の問題かとか色々考えた。

どうしようかなと思っている内に
私は、私たちの育て方はそんなに間違ってない、とか
私たち人間はまともな普通の人間だとか考えていて
そんな人間に育てられた長女だけが特別に変で
突然社会のルールに従えないような人間ができあがってしまったと
考えていた。

でも更に考えた。
ちょっと待てよ。本当に私たちの育て方は間違ってなかったのか
私(夫はよくわからないけれど)は本当に普通のまともな人間か。と。
だいたい結論がおかしい時は仮定が間違っているんだよな
とつい最近読んだ本でも改めて確認したんだった。

育てる、というようなこともほぼしなかった。
特に3番目の子供だったから「子供って育てるんじゃなくて
勝手に育つんだなあ」と思って放置しておいたし、
男男ときての女の子だったから家族全員でめちゃかわいがって
超甘やかした。
そもそも私はどんなカテゴリーでもマイノリティな人間で
常に孤立していることが多い。私の考えを話すと
「・・・へえ。そうやって考える人もいるんだね」と言われることも多かった。
「人の役に経つようなことをしなさい」とか「人に迷惑をかけるようにはなるな」などの事を言ったこともない。「やると決めたら最後まで一生懸命やれ」とか「1人で生きていけるようになれ」とかその程度しか言ったことがない。

そして勝手に納得した。
考えてみれば長男も変だし次男も変わってるし
私も変。そりゃ娘もこんなんだよなーー。と。
そもそも「遅刻」が「悪」であると言ったことがない。
遅刻して困るのは自分。本当に自分が困りたくないと思わない限り
なおらないだろうと言っていた。
学校なんてそんなに重要じゃないんだって。
そりゃ行かねばならないかもしれないけれど、人生において
小学校中学校なんて通過地点なんだって。とか。
いわゆる普通親が言うだろう「学校に行きなさい。遅刻はしてはいけません。勉強もしなさい」とか言わなかった・・・
学校以外の居場所が大事だと思っていたし、自分でやると決めた
サッカーなりピアノなり習字なり、それらのことを一生懸命やれ。
途中でやめるのは許さんと言い続けた。

結果。遅刻してもたいして悪びれない子供になってしまった。
「私は普通に育てたのに」という仮定が間違っていたのだった。
というわけで色々考えることをやめてしまった。良いか悪いかはわからないけれど。そしてただ娘を信じることにした。
娘は案外「やる」と言ったらやる女だ。それは知っている。
だからそれを信じることにすると伝えた。

「お母さん。私のこと信じるって決めたんだよね。
10回声かけたら起きるって信じて起こして」と言った。
・・・なんか色々間違ってる女だ。

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