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習慣 スピパラ通信 短編小説   『プレゼント』

能登半島地震で被災された方々に心より
お見舞い申し上げます。
私自身も東日本大震災で被災した経験があり、
余震が続くことは恐怖でした。
渦中におられる方々が安心した日常へ戻り、
安全が守られますようにお祈り致します。

ロジック✖️スピリット

スピパラ通信 第7回

今回は 短編小説 『プレゼント』の回です。



お母さんが居なくなったのは、私が小学生になる前の誕生日だった。

その誕生日以来、私は、お祝いをしてもらわなかった。嬉しいという気持ちを忘れてしまい、それがどんな気持ちだったのか、解らなくなってしまったからだ。

あの日から私は一度も、笑ったことはなかった。怒ったり泣いたりもできなくて、私の中には何も無くなって、空っぽになってしまった。

だから、それからずっと、お母さんが居ないことが、周りの人達とは、少し違うことだとは気付かずに大人になった。
昔を振り返ると、お母さんが居ないことで困ったこともいっぱいあって、普通なら淋しかったり、悲しい思いだったりで涙がでるのだろうなと、あの不思議な誕生日を経験した今なら…そう思える。

これから話すことは、私の中の空っぽが満たされるプレゼントの話だ。




私が覚えているお母さんは、優しくて、料理がとても上手だった。そんなお母さんの料理を食べるときは家族全員が笑顔だった。
私は、お母さんのことが大好きで、家族皆んなで食べる美味しい料理も大好きだった。私も大きくなったら、お母さんのように料理が上手くなれるかな?

大人になった私は、お母さんのような美味しい料理を作りたくて、いっぱい頑張った。
数えきれないほどがんばった私は、町で1番高級なレストランの1番料理が上手なシェフと噂されるようになった。

でも、お客さんは食べる時もお帰りの時も、笑顔にはなってくれなくて、本当に美味しいけれど、何かが足りないと必ず言われているようだった。

けれども、空っぽの私には、足りないモノが何なのかが解らない。

やっぱりお母さんの料理には、まったく
敵わないと思う、お母さんの料理なら誰でも美味しいと言ってくれるはずなんだ…もっともっと上手になるようにがんばらないと、美味しいと言ってもらえると、お母さんの料理に近づけた気がするから…

私は、人に美味しいと言われるためだけに、お祝いをしなくなってから20回目の誕生日も働いた。
でも、何故かその日は、ランチのお客さんは一人も来なかった。そして、ディナータイムになって、やっとその日初めてのお客さんがきた。

その客は、気づいたらいつの間にかテーブルに座っていた。幽霊のような雰囲気のおばさん(幽霊おばさん)は、突然現れたようだった。

幽霊おばさんを見て、従業員は、ぎゃー怖いーと悲鳴を上げて、皆んな逃げ出してしまった。

ところが私は、怖いという気持ちが解らないものだから、一人だけ逃げずに注文を聞いて料理を作った。

幽霊おばさんは料理を食べると、『あんたの料理はまだまだだね、私が、手本を見せてあげるよ』と言って、勝手に料理を作り始めた。ドタン、バタンと暴れながら作るから店の中はメチャクチャになってしまった。

『これを食べてみな』と出された料理も見た目が酷くて、とても食べる気にはなれなかった。
食べたくないと断っても、何度も食べろと急かすので、仕方なく食べてみると、驚くことに、とても美味しかった。
そして、なぜか懐かしくも感じる…
どうしてよいか分からない私に、幽霊おばさんはこう言った。

『今日はあんたに料理を作ってあげたくて、何とか、ここまで来たんだよ』

私は、なんだかよく解らない感じになってしまい、黙って聞いていると、幽霊おばさんはこう続ける。
『あんたにも作り方教えてあげるよ!おいで、一緒に作ろう』と強引にキッチンへ引っ張られて、2人で料理を作ることになったが、おばさんは相変わらずドタンバタンとメチャクチャで、何を作っているのか全く解らなくて、私は『あははは』と声を出してしまった…

すると、おばさんは『笑うんじゃないよ』
と言い、また真剣に料理をドタバタ暴れながら作っている。

またまた、私は『アハハハ』と声を出して、あの日以来初めて笑った。

そして、楽しいってことは、身体中が軽くなるような、こういう気持ちだったと、やっと思い出すことができた。

なんとか料理ができると、おばさんの姿はいつのまにか薄くなってぼやけて見える。
『ごめんね、本当は毎日料理も作ってあげたかった、ずっとお祝いしてあげたかったんだよ、お誕生日おめでとう。プレゼント持ってこれなくてごめんね…そろそろ帰らないと』

今度は胸が苦しくなってきた
『まだ、いいじゃない、もう少しだけ一緒に…おかあ…』
いつの間にか周りの景色が、酷く歪んで見えた。
おばさんの体も、ぼやけて形が解らなくなって、そしてスーと消えてしまった。

そのとき私は泣いていた。
何も感じる事ができなかった、空っぽの私から、溢れるように涙は流れた。

あの日、私は、楽しくて、切なくて、悲しくって、泣いたのだった。

溢れた涙は、料理に降り注ぎ、足りなかった何かは無くなった。
私の料理は、やっとお母さんの料理になった。

『最高のプレゼント受け取ったよ  ありがとう』



その後、私の料理は何か足りないと言われなくなり、お客さんは皆んな笑顔を見せてくれる。

そして、私は料理が美味しいと言われることよりも、お客さんの本当の笑顔が見たくて、料理を作り続けている。

あの誕生日まで空っぽだった私は、幽霊おばさんからのプレゼントで、もう一度人間として生まれることができた。




最後まで読んで頂きありがとうございました。
今回は物語で人のココロにコミットできたらいいなと思ってます。

次回も読んでいただけたら、とても嬉しいです。

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