『空っぽの私』
スピパラ通信第7回短編小説プレゼントを
改題、加筆訂正したものです。
お母さんがいなくなったのは、私が小学生になる前の誕生日だった。
私は、次の誕生日からお祝いをしてもらわなかった。
あの日から私は一度も、笑ったことはなかた。怒ったり泣いたりもできなくて、私の中には何も無くなって、空っぽになってしまった。
だから、それからずっと、お母さんが居ないことが、周りの人達とは、少し違うことだとは気付かずに大人になった。
昔を振り返ると、お母さんが居ないことで困ったこともいっぱいあって、普通なら淋しかったり、悲しい思いだったりで涙がでるのだろうなと、あの不思議な誕生日を経験した今なら、そう思える。
これから話すことは、私の中の空っぽが満たされる『ありがとう』の話だ。
私が覚えているお母さんは、優しくて、料理がとても上手だった。
そんなお母さんの料理を食べるときは家族全員が笑顔だった。
私は、お母さんのことが大好きで、家族皆んなで食べる美味しい料理も大好きだった。お母さんがいなくなる前は、私も大きくなったら、お母さんのように料理が上手くなれたらいいなと、ずっと思っていた。
お母さんがいなくなって、大人になった私は、お母さんのような美味しい料理を作りたくて、いっぱい頑張った。
数えきれないほどがんばった私は、町で1番高級なレストランの1番料理が上手なシェフと噂されるようになった。
でも、お客さんは食べる時もお帰りの時も、笑顔にはなってくれなくて、美味しいけれど、何かが足りないと言われているように感じませんか?なんでなんだろう?と周りのスタッフから言われるが、空っぽの私には、スタッフが何を言ってるかが解らない。
しかし、お母さんの料理を食べると確かにみんな笑顔になっていた。
食べた人が笑顔になる料理を作れたら、お母さんの料理に近づけるのかな?
私は、人を笑顔にするために、お祝いをしなくなってから20回目の誕生日も休まず働いた。
でも、何故かその日の予約は1件だけで、夜になって、やっとその日初めてのお客さんがきた。
その客は、気づいたらいつの間にかテーブルに座っていた。幽霊のような雰囲気のおばさん(幽霊おばさん)は、突然現れたようで、幽霊おばさんを見て、スタッフは、ぎゃー怖いーと悲鳴を上げて、皆んな逃げ出してしまった。
ところが私は、怖いという気持ちが解らないものだから、一人だけ逃げずに注文を聞いて料理を作った。
幽霊おばさんは料理を食べると、『あんたの料理はまだまだだね、私が、手本を見せてあげるよ』と言って、勝手に料理を作り始めた。ドタン、バタンと暴れながら作るから店の中はメチャクチャになってしまった。
『これを食べてみな』と出された料理は、酷く見た目が悪くて、とても食べる気にはなれなかった。
食べたくないと断っても、何度も食べろと急かすので、仕方なく食べてみると、驚くことに、とても美味しかった。
そして、なぜか懐かしくも感じる…
どうしてよいか分からない私に、幽霊おばさんはこう言った。
『今日はあんたに料理を作ってあげたくて、何とか、ここまで来たんだよ』
私は、なんだかよく解らない感じになってしまい、何も言わずに黙って聞いていると、
『あんたにも作り方教えてあげるよ!おいで、一緒に作ろう』と私は強引にキッチンへ引っ張って行かれた。
2人で料理を作ることになったが、おばさんは相変わらずドタンバタンとメチャクチャで、何を作っているのか全く解らなくて、私は『あははは』と声を出してしまったら、おばさんは『笑うんじゃないよ』と言い、また真剣に料理をドタバタ暴れながら作っている。
またまた、私は『アハハハ』と声を出して、笑った。私は、あの日以来初めて笑った。
そして、楽しいってことは、身体中が軽くなるような、こういう気持ちだったと、やっと思い出すことができた。
なんとか料理ができると、おばさんの姿はいつのまにか薄くなってぼやけて見える。
『ごめんね、本当は毎日料理も作ってあげたかった、ずっとお祝いしてあげたかったんだよ、お誕生日おめでとう。プレゼント持ってこれなくてごめんね…そろそろ帰らないと』
今度は胸が苦しくなってきた
『まだ、いいじゃない、もう少しだけ一緒に…』
いつの間にか周りの景色が、酷く歪んで見えた。
おばさんの体も、ぼやけて形が解らなくなって、そしてスーと消えてしまった。
そのとき私は泣いていた。
何も感じる事ができなかった、空っぽの私から、溢れるように涙は流れた。
あの日、私は、楽しくて、切なくて、悲しくって、泣いたのだった。
溢れた涙が、空っぽの私を満たしてくれて、足りなかった何かは無くなった。
その後、私の料理を食べたお客さんは、皆んな笑顔を見せてくれる。
私の料理は、やっとお母さんの料理になった。
あの誕生日まで空っぽだった私は、幽霊おばさんからのプレゼントで満たされた。
そして、もう一度生まれ変わることができた。
『最高のプレゼント受け取ったよ、ありがとう』
最後まで読んで頂きありがとうございました。
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