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満天の星を観に行く

東京には星がない。
ほんとの天の川が見たいとちゃびんはいった。

これは子供が二人ともまだ小学生の時のお話である。
本当に家計が苦しくて、年に一度の夫の実家への帰省が唯一の‘旅行’だった。
その帰省でさえも厳しい家計から旅費を捻出しなければならない。
この帰省の前に下着類を買いそろえるのも恒例行事。
義両親に安心して貰わねばならぬ。
私は必死に工面し夫に数万円を渡した。
「これは”見せ金”だからね」
いざという時には使っていいが、なるべく使わないように。
と釘を刺した。

お金がなかったのには理由があるのだがそれはまた別に綴るとして、とにかくつつましく暮らしていた。
幸い夫の実家は自然の豊富な地方にある。
山にも海にも行ける
子供たちに田舎の夏らしい暮らしを味わわせることはできた。
義両親も孫のためにいつも美味しい郷土料理を作り、果物を準備しておいてくれた。

そんな夏がまたやってきた。
いつ頃からか旅行はムリでも、キャンプはどうだろうかと話題に上るようになった。
しかしキャンプもお金がかかる。
一度アウドドア用品のお店に行ったが、お洒落なキャンパーのための
素敵なグッズ。テントもグリルも食器も何もかもに手が届かない。

私は昭和の山男に育てられたので、貧乏キャンプに慣れ親しんでいた。
車中泊はもとより、炊飯ジャーごと持って行き、どこぞの駐車場でカレーを作って食べたり、父が採ってきた山菜や渓流釣りで釣った魚やサワガニを調理して食べて育ったのだ。
夫も自然豊かな地方で生まれ育った。魚を釣って捌いて食べる。山菜を取ってきて食べるなどを当たり前にやってきた。
”お金をかけて自然を味わう”ようなキャンプには夫婦そろって違和感しかない。

しかしながら空前のキャンプブーム到来である。
旅行にはお金がかかっていけないが、キャンプならいけるかもしれない。
そしてキャンプは子供たちが小学生の今なのではないか。

色々と調べたところ何しろテントが高い。
お財布にやさしいテントはないか検索してみるも

”初心者は安いコールマンなどで十分です”

安いコールマンなどで十分です。
安いコールマンなど・・・
安いコールマン・・・・・

私は大人であるから、上には上が、下には下がいるということを知っている。
手始めに、色々と買いそろえるのは金がかかるので、安いバンガローを検討することにした。

地方に行けばタダ同然で借りられるところがあるのだ。
しかしものすごい辺鄙なところであることは言うまでもない。
そして見つけた。
帰省先のほどよい近さにある山の中の施設を。
そこは廃校を利用した格安で泊まれる宿なのだ。
そこに一泊し、そのまま夫の実家に向かえば交通費なども無駄がなくて良いのではないか。

今回の目的は満天の星だ。
おりしもなんちゃら流星群が見時である。
実は夫の実家でもまあまあな星空が見える。
しかし私は天の川が見たい!
しかも、うっすらしたのじゃなくて本当の星空を!


夫の情報でもそこはかなりな山の中らしいことがわかった。
しかし建物はリフォームされてそこそこしっかりしていそうだ。
虫がたくさんいそうだが、いいじゃないか、昆虫採集しなくても向こうからやってくるなんて。
食べ物も自分たちで何とかするほかないが、いいんだ。
私たちには星空がある。
次の日に実家で美味しいご飯を食べればいいのだ。

ちょうどお盆頃なので客も他にはいなかったらしい。
まずはなんとか車で目的地まで向かう。
案の定細い山道などを走らされて内心ドキドキである。
天気が良くてよかった。

現地までが不安だったので、まず宿まで行ってから夕食の場所を見つける。
30分圏内に食堂があるようだ。その食堂はそこそこにぎわっていた。
が、うまくもまずくもない。
でもいいんだ。明日のご飯は美味しいことが確定なのだから。
そしていよいよチェックイン。
施設は広いのに、我々しかいない。一度管理人が顔を出したのみであとは自由に使っていいとのこと。
風呂も広いが自分たちで沸かす。
布団をどこに敷こうか迷うが、教室の一室に決めた。
黒板に落書きして遊ぶ。目の前の川で水遊びも出来た。
ものすんごく冷たい。

夜になり、家族で順番に空を確認する。
本当に星が見えるかなぁ?月が雲から顔を出したり隠れたりしている。
どうも本格的に雲行きが怪しくなってきた。
今日は星が見れないかもしれないなぁ。とあきらめかけたその時、
ぱっと雲が途切れ・・・

うわぁぁぁああ!
みんなで歓声をあげる。
本当の満天の星だ!
天の川だ!

子供たちはもちろん生まれて初めてだろうが
私たち大人でも初めて見るくらいの満点の満天の星空だった。
そして流星群は期待していたようなものではなかった。
こんなものは想像もつかなかった。
自宅で流星群を観察したときには、長い時間首を痛めながら
何個か見つけられれば御の字であったが、ここでは違った。
満天の星空の中で、あちこちで星が流れている!
あっちにも!
こっちにも!
それはもう満天の星がいくつも零れ落ちてくるかのように
降り注いでいた。

これは願い事したい放題ではないか。

私はあり得ないくらい素早く
「金金金っ」と3回唱えた。

我ながら美しい星空が台無し感が否めないが
身内にはウケたので満足である。

その後聞いたことのない鳥の声を聞いた。
帰ってから調べるとトラツグミの声だったようだ。
満天の星空と怪しくも美しいトラツグミの声。
これはいまだ家族間で語り草になっている貧乏一家の初旅行の美しい思い出である。


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