見出し画像

噛まれたメダルとテセウスの船

テセウスとは、有名な英雄譚のひとつにミノタウロスの討伐が挙げられるギリシャ神話の登場人物のひとりです。テセウスの船とは、討伐のためにクレタ島と行き来するために用いた船をモチーフとした同一性の問題に関するパラドックスになります。

船のパーツは朽ちるもの。時間の経過とともに何度も何度もいろいろな個所を修復する中で、その船はいつまで「テセウスの船」と呼べるのか。例えすべてのパーツを置き換えて構成要素がまったく別の船になってしまってもそれは「テセウスの船」であるのか。逆に朽ちたオリジナルパーツを捨てずに寄せ集めて不完全でも船を再構築したらそれは「テセウスの船」であるのか。ざっくりそんな話です。少し身近なところに落とし込むと、例えば修復された本物の美術品や歴史的建造物を鑑賞しながら「あれ? これはオリジナルだけど本当にオリジナルと呼んでいいのか?」とふと考えたことがある人はいるのではないでしょうか。

さて、最近、巷では河村たかし名古屋市長が女子ソフトボール後藤希友投手の金メダルを噛んだと話題になっています。この行為の是非についてはほぼほぼ議論の余地がありません。政策の賛否はいろいろな思惑で何だかんだ割れたりするものですが、気持ち悪いという生理的嫌悪を前にすると賛否がほぼほぼひとつにまとまるんだなと感心しながら世間の反応を見ていました。次の選挙で負けることがあれば大きな敗因のひとつとして語り継がれることでしょう。

直近の動きとしては国際オリンピック委員会(IOC)などがメダルの交換を検討しているとかなんとか。費用が誰もちなのかも気になりますが、そもそも金メダルがいくらくらいするものなのかも気になったので雑に調べました。IOCの規定によれば純金ではなく純度92.5%以上の銀と6g以上の金メッキだそうで、単純な金属の価値だけならだいたい10万円くらい。ここにデザイン料、加工料などが上乗せされた価格になりそうです。

だいぶ話が逸れました。ここでテセウスの船の登場です。

・チームと優勝を勝ち取ったその場で授与されたけど噛まれた金メダル
・IOCなどが交換対応した新しい金メダル

どちらが「東京五輪2020ソフトボールで勝ち取った金メダル」なのでしょう。ある意味で究極の選択です。自分だったらどうするだろう。それぞれの立場でそれぞれの回答がありそうです。今回に限って正解はただひとつ。「後藤選手が選んだ方」だと思っています。それ以外ないでしょう。世間が騒ぎ立てたことによってかよらずか「交換」という選択肢が出てきました。ここからは「交換したほうがいいんじゃないか」も「交換しないほうがいいんじゃないか」もただのノイズでしかありません。偉い立場にいる人が他人の私物を無断で噛むという愚行はあまりにもキャッチーで日々様々な媒体で取り上げられていますが、あとは後藤選手本人が正しく選択できるよう、不必要に騒ぎ立てないことが賢明だと思います。

一方で金メダルを噛まれた以外の話題については、もっと取り上げてほしいところ。「ソフトボールの後藤選手に関するエピソードを知っていますか?」という質問をしたら結構な人が「金メダルを噛まれた人」と答えるんじゃないでしょうか。これがあまりにも残念過ぎる。彼女のwikiにも記載されてしまいました。この件がなければ「2008年ぶりに五輪で採択されたソフトボールで2008年同様の金メダル獲得に貢献したピッチャー」として正しい形でもっと注目を浴びていただろう選手です。2024年のパリオリンピックでは再びソフトボールが採択されないことが決まっており、次にいつ訪れるかわからない快挙なわけです。6試合中5試合登板の10回3分の2無失点の22奪三振ってすご過ぎでしょ。

不幸中の幸いというと語弊がありますが、今回、他人のメダルを噛む行為と併せて女性アスリートに対する競技と無縁で無礼な質問を浴びせる行為についても厳しい声が大きく取り上げられました。今後のメディア露出では、アスリートとしての魅力やソフトボールの魅力が正しく取り上げられることを願うばかりです。

余談
河村たかし名古屋市長、今後しばらくは何かに反論すれば「噛みついた」と言われ、何かに黙秘すれば「噛みつかないんですか?」と煽られ、自身に対する誹謗中傷を注意すれば「最大の愛情表現」と返される日々を送ることになるんだろうなぁ。

頂いたサポートは、美味しいものを経て、私の血となり肉となる。