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青蓮丸、西へ


『青蓮丸、西へ』(抄)

 遠い昔のことです。

 難波津(なんばづ)と熟田津(にきたつ)の海流に漂う胡蝶という仙女は、めったに生まれぬ龍を育てながら、久遠の月日を過ごしていました。幼い龍は無邪気なもので、お伽話を聞かせてと胡蝶にねだります。
大きな洞窟の中で琴を奏でながら、胡蝶は語り始めます。

 東の難波津(なんばづ)から、一隻の舟が西に向かって出発しました。乗っているのは、瑠璃色の目を持つ男の子と、老いた父丹徳(にとく)と、犬のシロでした。少年は幼い頃に異国からやってきました。丹徳に引き取られて、青蓮丸の名をもらい、立派なお屋敷で家人やシロと一緒に、可愛がられて不自由なく暮らしていました。
 丹徳は両親の顔を知らず、寂しい思いを胸に秘めていました。一目両親に会いたいという思いが募り、仙女の力を借りて、望みを果たそうと心を奪われ、いつの間にか屋敷も財もなくなってしまいました。父の胸の奥の思いを知った青蓮丸は、いっそのこと異国の故郷でみんなで暮らそうと、自分の名前をつけた舟に乗り、西へと漕ぎ出したのです。

 難波津の穏やかな流れに揺られていると、大きな島(淡路島)に着きました。この島には、動物がたくさん住んでいました。青蓮丸たちは、赤毛のオオカミのボジ、猫のルカ、カワウソのポンちゃん達に出会って仲間になりました。ボジは弟妹を探して、西の彼方にそびえる二つの頂のある山に帰ろうとしていました。
 長旅に備えて一行は、河口に近い湧き水を飲みに行き、水の中に吸い込まれました。湧き水は海の奥深くに繋がっており、鱗(うろこ)でできた大きな洞窟に落ちました。大クラゲが、卵からかえったばかりの龍の子を食べかけています。大クラゲをポンちゃんは、パクッと食べて、龍の子は助かりました。仙女が駆け寄ってこの場所は忘れるようにと、指先から海への道を繋げてやりました。するすると海の道を通って一行は元の海へと戻り、賑やかに春の海を進んでいきます。

 海を渡るシラサギの群れがボジに話しかけてきました。ボジの弟妹達が、海路の南の島(四国)で歌の練習をしているそうです。オオカミは鳥に歌を習うしきたりがあることを、青蓮丸は知ってびっくりしました。南に向かって青蓮丸は、舵をきりました。

 薄い雲が晴れて、大きな島が見えてきました。鳥の声を聞きながら、陸地に皆降り立ちました。久しぶりの陸地で、犬のシロは喜び走り回ります。二頭の兄妹たちは、それぞれ鳥の歌を覚えて上手に歌います。弟のソウと妹のマリは、ボジと会えて嬉しくて「幸せのたより」を歌いました。不思議なことに、犬のシロも「幸せのたより」を覚えていました。ボジも一緒に歌いましたがあまりにも下手なので、皆は耳を塞ぎました。鳥たちに見送られて、一行は再び舟に乗り込もうとしますが、仲間が増えたので沈みそうになります。泳ぎの得意な犬のシロやカワウソのポンちゃん、オオカミのボジと弟妹は元気よく海へ飛び込んで行きました。

 西の彼方を知っている一羽のツグミが舟に舞い降りて、一行の仲間になりました。なにやら先に見える島々をすり抜けていくと、「桃源郷と呼ばれる場所がある」と、とうとうと話し続けます。寄り道も面白そうだと、青蓮丸はそこへ向かうことにしました。
 やがて、一行を乗せた船は、狭い海峡に差しかかると、大きなおでこの鯛に出会いました。鯛は、通航料としてオオカミを一匹渡すようにと命じます。青蓮丸がそれを断わると、海の中から龍の子供が現れて舟をひっくり返してしまいました。丹徳はシロの、猫のルカはポンちゃんの背中に乗り、青蓮丸はボジがくわえて助けました。海流に流されるそのままに、青蓮丸号も大きなうず潮に巻き込まれてしまいます。

 着いたところは湯気が立ち上り、高い頂がいくつも見えていました。一行は、暖かい湯のなかで思い思いに、手足を伸ばしゆっくりと浸かります。渦に巻き込まれて、あちこち傷んだところが、だんだん治っていきます。見回せば猿や鹿、兎、鼠、鳥達と、いろんな動物がお湯に浸かっていました。その中にいた大きな犬がシロを見つけ、駆け寄って、母であると言いました。母は、シロに本当のこととを話しました。シロは、犬として育てられた迷子のオオカミの子で、ボジの兄弟だったことを。一行は大喜びです。そうやって、青蓮丸もボジも目指す旅路のことを、すっかり忘れてしまうのでした。

 そこへ、一人の老師が湯気の中から現れました。旅の初めに生まれたばかりの龍の子を助けたお礼にと、桃源郷への通行証と椿の花びらの入った小さな袋を、一行に渡します。そして各々を「もつれぬ糸」で結んで、元の世界へと戻しました。


 陸地に降り立った一行は、青蓮丸号の前にいました。ボジと弟妹とポンちゃんは、これから、二つの頂にあるオオカミ村へと行こうとしています。シロも母に別れを告げ、ボジたちと一緒に行く決心をしました。
 青蓮丸と丹徳は、シロをぎゅっと抱きしめて別れを惜しんで泣きました。丹徳が、青蓮丸の髪を撫でて立ち上がるよう促します。「僕は一緒に行くよ」と、ルカがやってきました。魚をいっぱい食べて、丹徳の膝の上で眠る船旅が好きになったのです。シロは安心した様子で、「とこしえの歌」を歌いました。桃源郷への通行許可証がある限り、旅の仲間はまた巡り会うことができるのだからと、丹徳は皆の手を握りしめました。
 青蓮丸と父の丹徳とルカはボジたちと別れて舟に乗り、西の異国に向かって再び漕ぎ出しました。海の面に櫂の線が引かれ、ツグミが舳先で旅の思い出を歌い、幼い水先案内を務めるのでした。

 胡蝶は琴を奏で終わり、そばにいる龍に話しかけました。
あの時、卵からかえってから、もう三千年も経ったのだねえと。

おわり


2021年9月19日改訂 2018年3月7日筆(道後オンセナート2019 さちや旅館で発表した作品の物語。文字数を減らす前のものです。『オオカミ村』と『阿倍野の窓女』のスピンオフ)


松井智惠

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