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手紙2022年9月26日

六時前に夜がストンと訪れる。
時の刻みは知らぬ間に、渦巻く台風の雨風は遠くの国へ吹き飛ばすかのように、透き通った青空を傾く橙の夕陽が金色に街を染めるように、一足ごとに変化が身の回りを包む。小さな虫たちも今のうちと、鳴いている。

 朝陽は柔らかく目覚めを促す。ゆっくりとした身振りで身体の動きを誘う。そうやって、いつの間にか夏の気持ちがどこかへ去っていった。もう始めないと間に合わないと、最初の色層を施して二週間経った頃、手にした青緑の透明感に、心を奪われた。筆をやめて広く塗るための柔らかい布やスポンジで伸ばす。ストレッチのように身体全体を使い、ただ色層を施す。穏やかな朝の光は目に優しい。画面を見るのにはちょうど良くなってきた。夏の明るすぎる光のもとでは、照り返しに負けまいと強情な気持ちで画面を見ていたことに気づく。

 「ひばり山」の麓にようやく辿り着いた彼岸の頃、瑠璃つぐみを人の姿にしようと決めた。最初こちらを向いていた顔を、後ろ向きに変えた。すると水先案内人の瑠璃つぐみは、絵を引っ張っていってくれた。一日に描くことのできる時間、描くことに耐える時間が少しづつ増えていった。

 ふと立ち寄ったひばり山の中で、青蓮丸たちは中心にいない。中将姫もそのままの姿で現れることはない。流れに身を任せていると、瑠璃つぐみが案内した「ひばり山」で彼女が出会った風景と光景の間を描くようになった。するすると舟は険しい谷を登り、私はようやく道の向こうで長い間待っていた話者と出会えたのだった。

©松井智惠             2022年9月26日筆

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