オオカミ村其の三十二
「幻の王国で再びの戦い」
青い鱗が一片はがれ落ちたかと思うと、あたりは青く光った雪が降るようでした。「青龍さま!」とボジは叫びましたが、近づくことはできません。青龍さまは、かろうじてはげ落ちた身を逆鱗させました。
「あらあら、龍も鱗が落ちると情けないこと」と、紫玉はからからと笑いました。「紫玉さま、これであの龍もおしまいですよ」と、そばにいた老人が言いました。「ほんとにお前はよくやってくれたわ。北の国の書物の秘密を解いてくれたのですもの。そうだ、このオオカミたちは、まだ生きているかもしれないわ」と紫玉が話したその時です、青龍さまは空高く舞い上がり、まっすぐ落下して固い塊にその身をぶつけました。 物音一つもせず、塊はひび割れて砕けて行きました。
「青龍さま!」と、ボジは大声で叫びました。青龍さまは残りの鱗で、氷の塊を細かく砕いて行きました。 一つ砕くたびに、鱗は一枚二枚と、折れて粉々になって行きました。青い青い鱗をすべて使い果たし、青龍さまはついに、幻の王国にあった「永遠」の塊を砕いたのです。紫玉と老人は、危うく落ちそうになり、高い場所へ逃げました。「なんてこと!龍がその身を以てしてまで、このオオカミたちを助けるなんて」と、紫玉は怒って言いました。
破片の間から、オオカミ村のみんなの姿が見えてきました。ボジは動きたくても動けません。「早くみんなと、青龍さまを助けなければ!ぼくの手足を動かして下さい」と空に向かって歌いました。それは、いまはもういない哀しみに満ちた「ドードー鳥」の歌でした。 「あの、ボジは、ほんとうにお馬鹿さんね。そんなことで、動けやしないわよ」と紫玉が言いました。
「動いてやる。ぼくは飛べなくても、どんなところでも歩けるんだ」と、ボジは氷で固められた手足に、力を込めました。熱い熱い真っ赤なボジの身体は、まわりの氷を溶かしていったのです。
「いま、ここで出て来たら困るのよ」と、紫玉は鋭い刃をボジの足元になげつけてきました。「これこれ、そのような、道具を使ってはだめじゃのう」と、言う声がしました。どこからともなく現れた人がその刃を受け止めました。「さ、オオカミよそなたはドードー鳥なのだろう。歩いて皆をたすけなされ」と、白い髭の長い服を着た老人は言いました。氷を溶かして傷んだボジの手足はすぐに元通りになりました。 ボジはもはや「永遠」が粉々になった氷の中に飛び込んでいきました。
オオカミ村のみんなは、無事でした。赤龍さまが連れて来た赤い子龍たちも無事でした。「みんな、はやく裂け目からでないと。」と、ボジは一匹づつくわえて、引きずりだしました。「あ!一等さんだ!」と、オオカミ村のみんなが気づきました。「ナルミ、マリ、リン!」とボジは声を張り上げました。トドゥたちは村人を背中に乗せて這い上がってきます。「まあ、なんて邪魔をするのかしら」と、紫玉はますます怒って強烈な霰を降らせました。「そなたは、荒々しいお方じゃ」と、白い髭の人が、霰をうんと細かくしてしまいました。 その間にボジは、全員助けることができました。「みんな無事だったね。はやくいくんだ」と、ボジは再び割れ目に飛び込んで行きました。
青龍さまは、崩れた氷の底でまぶたを閉じて動かなくなっていました。鱗がはがれた身体は、ぼろぼろでした。「ボジよ、龍族がこんな姿を見せることは、あってはならぬことじゃ。どうか、このまま立ち去ってくれまいか」と、青龍さまは言いました。「一緒に、みんなのところへ」と、ボジが言いかけると「お前たちの世界に飛び込んだからには、仕方がないことじゃ。龍族としては、失格じゃのう。ただ、わしの玉を奪った紫玉をこのままにしておくわけにはいかぬ」と、青龍さまは息絶え絶えにいいました。「このわたしの髭を一本抜いていくがよい。南の国の者たちに知らせなければならぬ」。「その髭をどうするのですか」と、ボジは息せきって尋ねました。「歌を歌うのじゃ」と言って、青龍さまは動かなくなってしまいました。ボジは、青龍さまの髭を抜き、急いで氷の外へ駆け上りました。そして、歌を歌いました。
ボジは青龍さまの髭を首に巻いて「おっひさま~は、ぴっかぴか~。おっひさま~は、ぽっかぽか~」と、声の限りに歌いました。すると、どうでしょう、南の方角から小さな蝶がいっぱいとんで来ます。ルリシジミの大群でした。まるで青色の布で覆うように、ルリシジミの群れは氷の割れ目に入って行きました。青龍さまの身体は、まるで鱗のようなルリシジミで覆われました。
「おお、ボジよ、なぜもどってきたのじゃ」と、青龍さまはかすかにつぶやきました。「青龍さま、オオカミたちや村の皆は無事にトドゥが助けてくれました。青龍さまを今から元の国へおつれします」と、ボジは言いました。「ボジ、それはお前の小さなからだでは無理なこと」と再び青龍様は、まぶたを閉じました。
©松井智惠 2023年6月9日改訂 2015年1月16日FB初出
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