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手紙2022年9月13日

 一昨日からお昼間の気温はとても高くなって、残暑の頃のようだ。
前回の手紙から10日近く経ったのか。その間に、日の出は確実にゆっくりとなり、明るさと暑さで目が覚めることは少なくなった。夜も六時半を過ぎると、ストンと暗くなる。
 そうこうしているうちに、作品の集荷の日が近づいてくる。あと二十日と少しだ。何かしら描こうと長い間ジタバタしていた、その理由が少し分かった。今回の『桃源郷通行許可証』展は、埼玉近代美術館所蔵の橋本関雪の作品と一緒に空間を作ることが、企画の意図である。六名の現代美術作家それぞれが、美術館の所蔵品との共同作業で展覧会を作る。

 最初は、橋本関雪の作品と自分の作品の類似点から考えて、次につながるものを描こうとしていた。ところが橋本関雪さんと仲良くなれないことに気づいたのである。一見すると、描いている風景がとても近くて、最初は自分でも驚いた。綺麗できっちりしている南画だ。橋本関雪自身、漢学者でもあり中国を幾度も訪れている。かの国の桃源郷に近づくための道を歩み、理想として京都に模した「白沙村山荘」まで作っている。育ちよく賢く画才に溢れた四条派の文人。立派な大人が描いた礼節のある絵で品がある。

 ちょっと待てよと、思った。私はそのような過程で出品作を作ったのではなかった。子供じみた発想で書いた物語から始まって、絵だけではなく、あれもこれもと、素朴で簡素なものからは、程遠い作品だ。文人のように簡素に考えると、寂しくなってしまう。昭和生まれの人間は、キラキラと明るいものに憧れる。知性と欲望が統御されることのない、戦後の雰囲気が残る中で育っている。

 ああ、橋本関雪のような品格を持つことは、一夜にしてならず。

 四年前に描いたものと同じように作れない。それも、そうだとやっと気づく。今日描けるものしか描けないんだなと思えば、自分の場所にいようという気持ちになった。作り手としての仕事をなせば、それでいいのだと。橋本関雪さんと仲良しになることはできなくとも、隣り合わせになった縁から、すでに何かを得ているのかもしれない。少なくとも、歴史物の政治政略ドラマをかなり見たので、絵の中に出てくる人々や生活道具を見れば、「これだこれ!」と、わかるようになった。
 名作『木蘭』は、老いた父の代わりに男装した娘が従軍し、勲功を挙げて帰郷する。そのような男子のいない家庭の女性が男装して活躍する話がいくつもあった。おとぎ話の一つとされているが、そういうことも多々あったに違いない。とりかへばや物語の原型は、どこにでもある。

 今は、欲から離れるのが良い。
 展示の立会いが一番重要だから。


©松井智惠筆      2022年9月13日

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