オオカミ村其の二十七
「きょうだいの受難」
「吊り橋」には、死んだオオカミがぶら下がっていました。「とにかくここは、『よくない』ところなんだ」。子オオカミたちは、吊り橋の端っこまで手下たちに追い立てられました。渡してある綱をまたぐにはみんなの足は小さすぎて、あっという間に隙間から真っ逆さまに落ちて行きました。ナルミは落ちていく間じゅう、おかあさんの顔を思い浮かべて、しっかりと覚えました。るりの子どもたちは、次々と真っ逆さまに深い谷底へ落ちてゆき、死んでしまったように、びくとも動きません。谷底は、地上から見えないくらい深く沈んでいました。
「これで、あのオオカミの子供たちも、死んじまったろう。紫玉には内緒だが、それにしてもことばを話すナルミってチビは、声も姿もきれいだったな。さ、すんだ、すんだ、帰るぞ」。「この谷底に何人、何匹落としたことか。俺たちよりずっとずっと大昔から落とされたやつらは、もう姿形もなくなってるさ」と、手下たちは去ってゆきました。かれらは、早く家にかえって暖かい夕ご飯が食べたかったのです。
谷底に落ちたナルミたちは、蓮の茎の糸で編まれた布の上にいました。幾日かたつと、しだいに身体もあたたまって、きょうだいたちは動くことができるようになりました。横には、歳は14にもなろうかとおもわれる、姫が座っておりました。姫の手がナルミの額に触れました。柔らかな手で、六匹の子オオカミを優しく撫でていたのです。「あなたは?」と、ナルミは聞きました。「人のことばを話すオオカミの子、名前はあるのですか」。「ナルミです」と、いったもののナルミはしまったと思いました。オオカミが人のことばを話すことは、知られてはいけなかったからです。「おかあさまにあれほどいわれたのに。」と、ナルミは泣き出しました。
哀しいことが、あったのでしょう、ナルミ。オオカミが人の言葉をはなすのは、よほどのことがあってのこと。でも、わたしは、驚きませぬ。長くこの地に、蓮の茎の糸を染めては布を織り、やってきましたから様々な世を見てきました。あなたたちのようなオオカミも、今までにもいたのですよ」。「えっ!ぼくたち以外にも話すことのできるオオカミがいたの?」。「ええ、ずいぶん昔とずいぶん先にいますよ」「昔と先が、一緒なんてわからないや。どうなってるんだろう」。「とにかく、この布にくるまって皆が動けるようになったら、こちらへ進みなさい」と、姫が細い指で指し示したところには、ちょうどナルミの身体にぴったりの、穴があいていました。穴は6つありました。「あの穴に、あなたたちは一匹づつ入って行きなさい。同じ時代にゆくことはできませんが、代わりに生き続けることはできるのです。」。「離ればなれにならないといけないの?せっかくみんな助かったのに」。「さみしいことでしょう。でも、おかあさまはそう願っていますよ。あななたちが生きることを。」
ナルミは、この姫のいうとおりにしてよいのか、うたがいました。「ほんとうなの?みんなそれで生きることができるの」。「あなたたちは、一度死んだのです、身も心も。おとうさまのことも私は知っています。お行きなさい。あなたたちには、まだ役目があるのですよ。」。「おとうさんのことも知ってるあなたは誰なの?あの酷い女の人の仲間だったら、信じない」。
「あの方とはなんのご縁もありませぬ。わたしは、頂上が二つある山に、住んでいる者です。さるお方にお仕えして、布を編んでは運びにきているのです」。「さあ、穴の中に入って。時間がもうありません。はやくしないとここから出ることができなくなってしまいます」。そういって、姫はナルミの兄妹に言いました。「マリ、ハンニャ、ソウ、リン、レイチ、目が覚めましたか。これから、みんな離ればなれになって、あの穴の中に入って行くのです。そうして、立派なオオカミになるように。二つの頂を持つ山が西の方角に見えます。そこで私はまっていますから。地上に上がるまでは、しばらく暗い穴を行かねばなりません。自分の心の月を輝かせるように。」
「ナルミ、待っていますよ。必ずたどり着けますから」と、姫は微笑みました。兄妹は、幼いので何もわからないまま、別れてゆくのが寂しくてなきじゃくりました。姫は、その間、穴が塞がる時間を遅くして待ちました。「いこう」と、ナルミが走り出しました。マリ、ハンニャ、ソウ、リン、レイチも後に続きます。みんな「西の山で」と、口々に叫んで穴の中に飛び込みました。
2022年3月11日改訂 2014年8月1日 Facebook初出
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