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賞を獲った方がいいのか、どうか。

コピーライターの多賀です。今回は「賞」について、書いてみたいと思います。

1. 「TCC新人賞」受賞者が誰か、私は知らない。

コピーライターの世界で栄誉ある賞といえば、まず「TCC新人賞」が思い浮かぶでしょう。「TCC」とは、東京コピーライターズクラブの略称。「TCC新人賞」を獲れば、コピーライターを肩書きとする人たちの間では一瞬のうちに有名になれるでしょう。まあ、私はコピーライターを始めてから「賞」というものに興味のない(フリをしていた時期もありましたが)人なので、ここ十数年の間に誰が受賞したかは全く知らないのですが(苦笑)。

2. 「賞」を獲ったら、得るものも失うものもある。

とはいえ、タイトルに対して私の結論を言えば、「獲った方がいい」です。なぜなら、その方が注目されるし、発注される仕事量も増える可能性が高いから。それはコピーライターだろうと、お笑いだろうと、違いはありません。ただ同時に、賞を獲ることによって失われるものもたくさんあるのではないか、と私は思っています。

何が「失われる」のかというと、一言で言えば「自由」かな、と。「●●賞を獲った■■さん」という言われ方は必ずするし、そのような期待をされれば応えないわけにもいかなくなる。きっと何らかの「賞」を獲った人に「あるある」だと思うのですが、その期待をプレッシャーと感じ、押し潰されてしまう人もいらっしゃることでしょう。正直なところを言えば、私はプレッシャーに弱い人間だと自覚しているので、そもそも「賞」を獲りにいこうとしていないヘタレなのですが。

そんなプレッシャーなど何のその、という強靭なメンタルをお持ちの方であれば、「賞」は狙って、獲りにいけばいいと思います。そんな強いメンタルを私は持ち合わせていないので、そういう姿勢で「賞」獲りに臨む方に対してはリスペクトしかありません。私は「小物」なので、目の前にある仕事で小銭を稼ぎたいですし、それによって喜んでいただけるお客様がいてくれることだけで幸せですし、小銭を貯めてたまに宮古島へ行ってスキューバダイビングができればいいな、と思っているわけです。これって、どちらが正しくてどちらが間違っているかという問題ではなくて、自分がどっちを選ぶか、だけの話のように感じています。

3. 「賞」を獲ることで生じる「責任」を認識する。

あ、ちなみに私も、いくつか「賞」は獲ったことがあります。求人情報大手の事業所に常駐していた頃の話ですが、そんな常駐のクリエイターを対象に、モチベーションを上げてもらおうとお膳立てをしてもらった社内コンテストで、何度か入賞したことがあります。「賞」に興味がない、などとのたまっていた私ですが、それでも「賞」をいただいた時は素直に嬉しかったですね。特に私の場合、「賞」を獲るために審査員を務める社内のエラい方々に根回しして、外堀を埋めるようなことを一切しない人間だったので、そんな働きかけをしなくても評価していただけるような仕事ができていたのだなあ、という自信につながったのをよく覚えています。今さらですが、その当時の私の仕事を評価し、「賞」に推薦して下さった方々に感謝したいと思います。

人は誰しも自己承認欲求があって、マウントを取りたがる生き物だと思っています。そんな欲求を満たすには、「賞」というものは格好の存在になるでしょう。「自分、すげー」と自慢したくなる気持ちはわかりますが、自慢すればするほど、「賞」を獲ったことで生まれた責任を全うしなければいけなくなる、という認識が持てるかどうかで、「賞」を獲った後の行動や言動が変わってくるのではないか、と私は思っています。

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