ひよっこ研修医、ムショ帰りの患者さんと戦う
かれこれ20年前
これはわたしが
駆け出しの研修医だった頃の話。
何を考え
どんな風に
患者さんと関わってきたのか。
そこから
どんな風に世の中を見ていたのか。
これから
綴っていこうと思います。
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「何でもいいから、強い薬だしてーや」
「血圧の薬は、
強いとか弱いとかじゃないです。
どこに効くかの違いなんです。
体調や測るタイミングでも
変動するから、
一回だけ高かったからといって
急に下げたらかえって危ないんです」
日曜の朝の救急外来で
わたしは
ある患者さんと対峙していた。
まだ聞き慣れない
押しの強い関西弁。
ややこしい病氣ではなさそうなのは
よかったけど、
納得させるのが大変そうだ。
「手持ちの薬まだあるんですよね?
明日外来に来て下さい」
「わし月曜日行くとこあんねん」
「今出すとしても三日分だから
どっちみちまたなくなりますよ」
(ちょっとややこしそう)
感じ取ったのか
同期の研修医とナースがフォローに入る。
「そうですよAさん
今はそんなに高くないですし
週明けの外来でちゃんと診てもらいましょ」
診察室での会話が
押し問答の様相を呈してきた頃
彼はこう言った。
「わしなぁ、
しばらくムショに入っとってん。
娑婆に出てその足でここまで来てんで」
なるほど。
確かに、カルテを見ると
それまでは定期受診に加え
ちょこちょこと救急外来にも来ていたのが
2-3ヶ月ほど途切れていた。
病院の近くには
反社会勢力の事務所があるらしい。
「駅の近くの○○スーパーから向こうは
危ないから行ったらあかんよ」
先輩からもそう聞いていた。
見た目は普通のおじさんだけど
この人も、関係者なんだろうか?
「いやでも
変な薬の使い方をしたら
帰って具合が悪くなるかもしれないですよ。
Aさんのカラダが心配なので、
やっぱり出せません!」
「今日上の医者だれや?」
「上の先生でもおんなじだと思いますよー」
急患がないのを幸いと
1年目の女性研修医2人と看護師の
ひよこチームで
何十分か粘ったのだと思う。
Aさんは
諦めて帰って行った。
お疲れさまーとねぎらい合いながら
ひよこチームは解散した。
「先生、週末にAさん診たよね?」
週が明けて数日後の朝。
廊下で
内科部長に呼び止められた。
あの騒動には続きがあった。
ひよこチームと
決着がついたはずのAさんは
「上の医者を出せ」
と再度診察室に入ったらしい。
救急外来の常連さんだったので
窓口にかかった担当医の名前を見て
「今日は行ける」と思ったのかもしれない。
その日の「上の医者」は氣の弱い先生で
あっさりAさんの希望通り
処方をしてしまった。
それが問題となり
医局会で取り上げられることになったそうだ。
けっこうがんばったんだけどなー。
でも
そんな事でさらし者になる
あの先生も大変だなぁ。
というのが当時の感想。
その後何年かは
「治安の悪い地域」で研修したので
その手の人たちとのエピソードには
事欠かなかった。
当時は
自分の常識と違う
価値観を持つ人たちを前に
正論を並べて、力尽くで
相手を納得させるしか術がなかった。
だから、
直面したときには、とにかく大変だったし、
そんな患者さんたちが理解できなかった。
今のわたしならどうするだろうか?
Aさんは、もしかしたら
「ムショ帰り」ではなかったのかもしれない。
救急外来でよくある
高血圧患者さんとのやりとりがある。
例えば、寝不足だったり
ちょっと肩こりで頭痛があったり
そんなことで、心身が緊張状態にあると
それだけで血圧が上がることが多い。
そんな時に自宅で血圧を測って
高い値が出たことで余計に不安になり
測れば測るほど、高くなる。
そして
これは何かの病氣の兆しじゃないのか?
どこかの血管が破裂するんじゃないか?
そんな不安に駆られて受診する。
Aさんももしかしたら
そんな一人だったかもしれない。
望み通りに動いてくれない
頑固な研修医を動かすために
考えついたシナリオが「ムショ帰り」
だった可能性もありうる。
だから、20年経った今
Aさんと対峙したなら
まずは、
「血圧が高くなりそうな生活習慣」
「血圧が高くて心配な事」
を聞き出すだろう。
そして、不安を受け止めた上で
処方しない理由を説明し、
お引き取り願うのではないか。
今ならわたしが「上級医」の立場になるので
「上の医者出せ」は、ない。
ちなみに
外来で処方された薬を売りさばいているかも?
なシーンに遭遇したこともあり
そういう意味でも、
不必要な処方はしない。
この話は、また機会があれば。