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結婚するのが怖い。

結婚について考える年齢になった。
しかし、一向に結婚願望が湧いてこない。
「悠長に暮らしている場合ではない。もっと焦らないと。」と感じることもある。

焦らないと。…なぜ?

なぜかって、一人ぼっちは不安だから。
不安にも種類がある。
健康面、経済面、精神面など。
健康を害した時、収入がなくなった時、精神的に不安定な時、完全に一人でいる事は不安だ。
そして、いつか後悔するのが怖い。「結婚できる時に、結婚すればよかった。」と。

私は、自分の不安を埋めるために、結婚をしなければならないと考えていることに気づく。
自分の不安の解消を夫に求めるのだ。つまり、私の心は夫に依存することになる。
例えば、夫が優しく思いやりのある行動をしたら、私は幸せであり、夫が冷たく心のない行動をしたら、私は不幸になる。
このように考えると、自分の心の安定を相手に求めることは、やはり危険である。
心はいつでも脆く、壊れやすい。

私は、恋愛が好きだ。
相手から「好き」だと思われること、私が相手を魅力的だと感じること、お互いが会いたい時に会うこと、気持ちを確かめ合うこと、セックスすること、一緒に出かけて様々な体験をすること、悩みを共有して精神的に支え合うことで、心地よくなれる。
おしゃれをするのも楽しい。恋愛を通して、自分をより好きになる。
これらを全て含めて、恋愛は自分の生活を豊かにしてくれる。
恋愛は、私にとっては能動的な活動だ。
会いたいから会い、好きだから関係を持つ。

恋愛関係にある時は、
程よい距離感を保ち、異性として魅力的だと意識しており、お互いが会いたい時に会う。
「楽しい」部分にフォーカスを当てた関係である。
ここで、会わない期間や連絡を取らない期間も恋愛関係を盛り上げるためのスパイスになる。

結婚生活は、
会いたいとか会いたくないという気持ちとは関係なく、生活を共にして、お互いを家族として認識している状態である。
結婚生活が上手くいくためには、恋愛を盛り上げるスパイスとは全く異なる手法を用いる必要がある。
経済的な安定、家事や育児の協力、お互いの仕事への理解など、「現実的」な努力が必要となる。

恋愛の延長に結婚がある、というのは多くの人が持つ概念である。
私もそう思っていた。
付き合って、この人とずっと一緒に居たいと思うから、結婚する。
しかし、恋愛関係と結婚生活についてそれぞれ考えた時、それらはほとんど別の物であると気付く。

恋愛関係として相手を好きになったのに、結婚したら、恋愛関係ではなくなってしまうのか。
つまり、異性としてお互いに魅力を感じて、気持ちを確かめ合うことは無くなってしまうのか。
一緒に時間を過ごすことについて、嬉しいと感じなくなるのか。
セックスレスになってしまうのか。
当たり前の存在になってしまうのか。
ただひたすら生活の渦にのまれるのか。
そうなった時、私は女として、一人の自立した人間として、もう終わったと感じるだろう。
このような懸念が次々と浮かんでくる。

セックスレスになったとしても、セックスの対象は配偶者のみである。
セックスレスの悲しみや苦しみに、耐えるしかないのだ。
耐えられずに他の人と関係を持つことはできない。
風俗店に行くことすら浮気だとしたら、もう一生セックスはできない。

他にも様々な制約ができる。
時間やお金を、自分の好きなタイミングで使えなくなる。

「それが結婚生活というもので、これが正解」だとしたら、私は結婚するのが怖い。
自分の足で立って、自分の頭で考えることが、できなくなりそうだから。

健康面、経済面、精神面の不安があり、
一人ぼっちになることを避けるために、結婚をしたいのならば、
それらの不安は、自分自身で軽減したら良いのではないか。
健康管理をしっかりと行い、仕事をより頑張って、経済的に安定し、精神面を鍛えていこう。
一人ぼっちは確かに不安だ。しかし、その不安を解消する方法は、結婚以外にないだろうか。

結婚して子供ができることが、幸せであり、人生の正解だとしたら、
私は不正解なのかもしれない。

それでも私は結婚するのが怖い。


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