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『私の生活改善運動』その3(犬と冷静な目)

安達茉莉子さんの文章には、なんとも言えないユーモアのセンスを感じてしまいます。なにげないシーンの裏側で考えていることに、クククッて笑いたくなるような。

たとえば安達さんの文章に登場する「犬」。実在はしていない犬なんですが…。
妙蓮寺(後でこのまちへ引っ越すことになる)の本屋さん、「生活綴方つづりかた」でお店のひとたちと初めてご飯を食べることになった場面でこの犬は登場します。

多少緊張していたけれど、マスクをとって初めて顔を見る。こんな顔をしているんだ、と思う。なんとなく大丈夫そうだと感じた。人間に傷ついて怯えた野良犬のような根性をいつまでも内側に飼っていて恐縮だが、そのひねた内なる野良犬も思わず安心したようだった。

『私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE』
32ページ

びくびくした野良犬の顔が作者の心情と重なって簡単に想像できちゃう。
これだけでも心が動くのに、さらにこの犬は展示期間の終わりが近づくに連れて変化していきます。たくさんの素敵な人たちと出会って、最後には「クゥーン…という顔をし始めた」。
内なる犬の雄弁なこと!

またある時は、初めてのDIYで本棚づくりに取り組みます。いろんな葛藤を経て、生活綴方の店先で自分だけの本棚を手に入れるべく懸命に作業する安達さんの描写から。

目の前の商店街を通り過ぎるひとみんなが「でかっ」と言い残していく。私も棚が欲しいのよね、と声を掛けてくれるひともいた。本屋の店先で本棚をつくっている人間。きっと誰もが本屋の棚を増設しているのだと思っただろう──違う。私の本棚だ。

64ページ

このシーンに至るまでの安達さんの葛藤や奮闘ぶりを読んでくると、汗かき作業する作者の妙に冷静なこの一言が可笑しくて、ほんといいなぁ~と思いながら読みました。
この必死さ、一途さはどこかで自分と繋がっている、誰もがちょっと覚えがあるような一生懸命さだったり、悩みだったりが淡々と、でもくっきりと書かれているところがこの本の好きなところです。

今日はこの辺で。それではまた。

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