気をつけていてもコロナ陽性になった話③

朝起きても熱が下がっていて咳もほぼでないし、鼻の奥の痛みもないし喉が少し痛いくらい。咳でよく眠れなかった倦怠感と頭ボケーっと感はあり、午後から悪化する気配も感じるのでリモートワークせず有給をとることにした。有給休暇がまだまだある。

体調が落ち着いた今、「なんだこのnoteの記事タイトル」と思った。感染対策を気をつけてきたアピールがしたいんだろうな。数値化できることじゃないけど「日本の平均や中央値よりだいぶ気をつけて生きてきた方なのに」という悔しさが感じられる。note書く事自体は今後の自分への戒めとして有効な気はする。誰かに向けて読みやすくとかじゃなくて先々の自分に向けてツラツラ書いてる。

《①ちょっと無理する→②免疫低下する→③体調崩す》はこれまでの人生でも何度かあって、①から防げば良いだけの話なので、いい加減学べ。バタつくことはあっても休む方法はあるし、結果休んでるから体調崩す前に休んだほうが効率が良いし迷惑がかからない。もう本当に絶対いい加減にインプットしたい。

ちょっと無理してるときにYou Tubeなどをみまくって自分の機嫌をとっている節がある。いつも機嫌よくいたいから。適正時間を明確に決めて守りたい。というか自分で自分の機嫌とらないと機嫌よくいられないかなぁ。

家のことも仕事も勉強もM-1予選みるのもほぼしない2日間。先日色々お話していて、「キャリアに置いて自分がどうしたいのかという観点が抜けてるのかも」という疑惑が生まれ、今週末に考え事をする予定だったのだけどそれを前倒しでやる。私は新卒から社畜でナチュラルに組織全体のためを考えるタイプだ。自分の希望という観点がないまま形式的に生き延びやすそうな人生設計をしている疑惑がある。

一つひとつ何か具体的に決めるときには自分がどうしたいかは意見する方だけど、自分がどう生きていきたいかみたいな意志は薄い。出来ないことがいっぱいある自覚もあるからなのかなんなのか感情が薄い。

3年前くらいはゆるめのFIREに憧れていた。計算すればするほど節約系サイドFIREしか目指せないしインフレに怯えるのも怖いし、根が堅実すぎるのでフルタイムで働き続けるほど心が楽なことはないと思う。

猫と遊ぶ。急ぎのことはする。