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試し読み:『オレンジ流 3DCGアニメーション制作テクニック ─MAKING OF BEASTARS』

はじめまして、編集部の松岡です。
このたび、2020年3月に『オレンジ流 3DCGアニメーション制作テクニック─MAKING OF BEASTARS』という書籍を刊行いたしました。
制作にご協力いただいた皆さまおよび、お手に取っていただいた読者の方に深く感謝申し上げます。

本書を未読の方に向けて、序章のインタビューを一部掲載いたしました。
TVアニメ『BEASTARS』という作品について、またCG業界の最前線で活躍するアニメーション制作会社「オレンジ」についてもお話させていただきます。

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(1)TVアニメ『BEASTARS』とは?

2019年10月〜12月に放映されたTVアニメーション作品『BEASTARS』
原作は板垣巴留氏による漫画作品で、「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)で連載中。コミックスは第1巻〜19巻まで発売中(2020年7月現在)。数々の漫画賞を受賞し、シリーズ累計発行部数が300万部超の話題作です。

肉食獣と草食獣が共存するチェリートン学園で、ハイイロオオカミの主人公・レゴシを中心に描かれる青春群像劇。アニメでも多種多様な動物たちの学園生活を鮮やかに表現するとともに、キャラクターが自らの本能と向き合いながら抱える葛藤など、複雑な心情も丁寧に描き出しています。

現在、NetflixやFODで好評配信中。シリーズ第二期も鋭意制作中です!

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(2)アニメーション制作会社「オレンジ」とは?

2004年に設立された有限会社オレンジ。初の元請け作品となるTVアニメ『宝石の国』(2017年)が大ヒットし、ハイクオリティな映像が業界内外を問わず一躍話題となりました。その映像技術は、『創聖のアクエリオン』(2005年)、『マクロスF』(2008年)、『コードギアス 亡国のアキト』(2012年)、『銀河機攻隊 マジェスティックプリンス』(2013年)など数々の作品のCGパートを手掛けて培われたものです。

オレンジが得意とするのは、2Dの作画と3DCGの両方の良いところを採り入れた、ハイブリッドな映像表現。『宝石の国』ではモーションキャプチャを採り入れたアニメーションづくりが行われました。その後『BEASTARS』では新たにフェイシャルキャプチャやプレスコでの音声収録なども導入。毎作ごとに手法を変えて制作に挑み、進化し続けるオレンジ。本書ではその作品づくりの裏側に迫りました。

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(3)序章試し読み:BEASTARS スタッフ・インタビュー
─松見真一氏(監督)&井野元英二氏(CGチーフディレクター)

下記は本書の序章に掲載されている、監督・松見真一氏と、CGチーフディレクターを務めるオレンジの代表の井野元英二氏へのインタビューです。
『BEASTARS』制作にどのような意図をもって臨んでいるのか、制作中のお二人にお話を伺いました。

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───今回はフルデジタルで制作するということですが、キャラクターは全て3Dモデリングしたものを動かすのですか?
井野元 ところどころ作画で補正する部分もありますが、基本的には3Dです。

───原作漫画のキャラクターを3Dのモデルとして構築するのは相当に難しいのではないかと思ったのですが。
井野元 確かに作画のアニメスタジオだったら、手描きの表現ですから似たような表現ができるので移行は比較的しやすいかもしれませんが、私たちはCG屋なので、CGとしてどう表現すればこれは魅力的になるかなということは考えます。その意味では作画のスタジオとは違うアプローチで作ることになるのかなとは思います。

───今回の原作は動物が登場人物で、いわゆる人間やメカにはない体毛の表現が多いですが、そういうところも難しかったのでしょうか?
井野元 それらは逆にCGで作るが故に違う見せ方ができるんです。 例えば、通常の作画だと制限があってそういった部分をいちいち動かすことはできないと思うのですが、CGの場合はそういった毛の部分の揺らぎとか動きに対して反応するといったところを表現することができるんです。それは、画面全体でパッと見た時に柔らかさを感じられる部分にもなるので、私としては魅力的に見えるんです。そこがCGの利点ではないかと思っています。

─── CGアニメの場合、まずは各キャラクターをモデリングしますが、その時、例えば毛の部分など原作漫画では正面と側面では繋がっていませんよね。そこはどうするのですか?
井野元 そういうところはあまり馬鹿正直には作りません(笑)。多少噛み砕いて、正面と横、斜めで整合性が取れないところは仕方ないのかなと考えて、そのバランスを考えて作っていくという作業にはなります。

───バランスというのは具体的にどのようにされることなのですか?
松見 絵だったらごまかせるようなアングルでもモデルで作るとやはり整合性が取れないのが目立つようなことがあるんです。そういう場合、そのアングルは使わないようにします。でもそこは映像表現ですから、絶対にその角度ではならないということもないわけで、 そのキャラクターを活かせるアングルを使うということは考えますね。

─── 3Dアニメに関してはカメラを動かすカメラワークが比較的採り入れやすいということがあると思うのですが、そういったところは絵コンテを描く際にもかなり意識されましたか。
松見 確かにそういうところはありますが、あえて多用はしないようにしています。(カメラを)動かせるから動かすということはせず、あくまでもこの作品においてどういう表現が向いているかとか、カット割りによって(カメラワークを使った方が効果的な場合は)使うということですね。あと、そんなにカメラを動かすのではなく、CGだとジワーッと寄っていくような表現が可能で、そういったところは魅力ではあります。

───確かに、絵コンテを見てみても1カットの長さが従来のTV シリーズに比べて相当に長いですし、カット数の少なさには本当に驚かされました。そのあたりはやはりCGで作っている効果と考えていいのですか?
松見 原作の『BEASTARS』が動きよりは台詞ベースで描かれている作品だったんです。だから、そこをまず聞かせるということであまりカットを割る必要はないなと考えたところが一つ。それと、さきほど井野元さんも言っていたんですけど、作画だと耳が微妙に動くとか毛が動くといったところはほとんどできませんが、CGはそれができるんです。ですからカメラFix(※ カメラが固定されたアングルのこと) のカットでカメラを長く回しても画が持つんです。そのあたりはこの前に『宝石の国』という作品をやった時に感じたところでもあるのですが、CGの場合、ちょっとした動きを入れることによって長いショットでも持つんです。(今回カット数が少なくなったのには)そういうこともあると思います。

───今回の作品は登場人物がオオカミやウサギで、それこそ口の動きは人間と全然違いますよね。そのあたりはどうしているのですか?
松見 そこはキャラクターデザインの方に口の動きを作ってもらっています。まずキャラクターごとに一人ずつ「あ・い・う・え・お・ はこの口の形」という風に描いてもらい、それをもとにCGを台詞に合わせて直していくという。

───大変な作業ですね。
井野元 そうですね。何といっても、今回はキャラクターが人間でなく動物ですから。以前、某ゲームメーカーの作品で動物のキャラクターをやったことはあるのですが、その時にうまくいったかというとそういうわけでもなくて。どうしようかなというところは正直ありました。そこで、これは松見さんの意見なんですけど、今回は新しい試みとして、メインのキャラに表情集のようなものを作ってもらったんです。で、できあがったカットを見てみると、これが非常に良くなったんですよね。「これはアリだな」と。まあ全部のキャラに作るのは難しいのですが、メインのキャラだけでも表情集を描いてもらおうということになって、それが有効になったかなというところはあります。 あと技術的な面でいいますと、今回、アニメ作品としては珍しいと思うのですが、フェイシャルキャプチャを使っています。それがうまくいくかどうかは、正直、半信半疑だったのですが、まあダメだった時は止めればいいと考えて。もう一つ、作画のアニメを観て、確かに魅力的な顔というのはあるのですが、途中がやはり動かないなというのが私の中でずっと不満でして。もっと細かな表情や揺らぎを入れた方が魅力的だろうという感覚がずっとあって。例えばドキドキしているシーンなんか、表情一発ではなくて、視線の揺らぎを含めた顔の細かい芝居で見せた方が良いだろうなと思うんです。でもそういうのを手で付けるのは大変なんです。で、フェイシャルキャプチャで収録すればそういうところも活かせるのではないかなと思って、それでやってみることにしたのですが、実際には実用化するまでに何ヶ月もかかってしまいましたね。でも今のところは結構うまくいった感じです。

───それはオリジナルでアルゴリズムを構築したのですか?
井野元 いえ、もともとの機能としてあるのですが、通常のアルゴリズムは人間のリアルな表情のために作られているので、今回のように動物のキャラクターをデフォルメを効かせて動かすのは難しいです。何ヶ月もかかったというのはその技術的な問題をどうするか試行錯誤を重ねながら作っていかなければならなかったからです。そこで作画の方に描いていただいた表情集です。具体的には、人間のフェイシャルに対して動物のフェイシャルはこうなるというのを参考に描いていただき、それをもとに表情を作っていきました。
松見 あと描きのアニメの場合、怒りなら怒った顔、悲しい時なら泣きの顔といった風にある意味極端な表情集を作りますよね。でもCGの場合、それでは普通の芝居が成立しない。普通の芝居を成立させるためには、眉の動きの中にどんな感情表現があるのかといった具合に一連の動きとして表情を作って、後はその組み合わせの中で表現していくということが必要で、そのためには、レゴシはこう、ハルはこうという風にキャラクターごとに表情の動きを作ってもらわなければならないんです。そういうある規則性としての表情集を作ってもらい、それをもとにCGの方に動かしてもらうという作り方を今回はしています。

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───動物キャラクターを3Dで動かす上で、他に何か難しいところはありましたか?
松見 やはりアングルでしょうか。手描きと違って、CGは(立体表現が正確な分)思っていたより鼻が出ていて顔が隠れてしまうとか、こんなところに耳が出ているんだみたいなことがある。ただそこはモデルを組んだ段階である程度確かめることができるので、絵コンテを描く段階でこのアングルは使わないというようなことを考えました。あと、『宝石の国』の時はキャラクターが比較的シンプルな顔だったので、口なんかは描きの素材を貼り込むというある意味完全に2Dの表現で作っていたのですが、今回は凹凸の多い動物のキャラクターなのでそういう “ 描きの部分 ” は使えないんです。それで、 最初は(表情が死んでしまうのではないかというような)心配もあったのですが、でも、能なんかを見てみると能面の角度を変えるだけで悲しみや喜びを表現していますよね。一連の動きの中で能面が色々な表情を見せる。ある意味そういう使い方もしています。また、動物なんて誰も怒った顔なんか見たことないわけで、レゴシだってオオカミがどんな顔をしたら怒ったことになるかなんて、正確にはわからない。観ている人がどう捉えてくれるかという幅が人間よりも広いんです。以前高畑勲監督が作った『ぽんぽこ(平成狸合戦ぽん ぽこ)』で演出助手をしていた時に、登場人物が狸なので人間に比べて表情が出しにくい──でもだからこそ逆に解釈する幅ができて、それこそ観客がそれぞれの想いで感じることができるのではないかと話したことがありました。コミックでは色々な表情を使って感情表現していますけど、アニメでは動きを通してそれを表現できるのではないかと。ですから、心配というよりはそちらの面白さの方を求めていった方がいいのかなと思って作っています。

───能のようにさまざまな角度から見せるというお話が出ましたが、そういう自由なアングルで表現できるのはまさに3Dの利点ですよね。
松見 そうですね。2Dってやっぱり描きやすいアングルってあるんです。例えば、俯瞰の強いアングルの歩きなんて中割が難しくてなかなか描けないですよ。あと広角でちゃんとパースがついている場面なんていうのもよほどうまいアニメーターでないと描けない。そういうことがやれるのも3Dの魅力で、その意味では今までと違うアングルでの表現もできるのではないかと考えています。
井野元  (CGの)作り方や見せ方というのは実写の作り方に近いところが確かにあると思います。演技なんかも、役者に「こういう演技で」とお願いして、もしその演技が少しだけ自分の意図と違っていても「これはこれでいいな」とOK を出すのが実写的な作り方ですよね。そういうところにCGは似ているかなと思うんです。あと、実写映画でもアニメの演出方法で作られている作品がありますが、そういうのを見るとカット割りが細か過ぎてちょっと辛いなと。アニメの演出方法が必ずしも良いわけではなくて、演出方法というのはどれがベストなのかをしっかり考えなければいけないという時期が来る......いや、とっくに来ているのではないかと思うんです。そういった意味では『宝石の国』の京極監督にしてもCGではこう見せたいという考えをしっかりと持っておられた方ですし、今回の『BEASTARS』も松見監督がかなり挑戦的な作り方をされる方ですので。実は私もドキドキしながら作っているんですけど(笑)。作る側としてだけではなくて、果たしてこれが視聴者に受け入れられるかという意味でも。ちょっと関係ない話になりますが、『ボヘミアン・ラプソディー』を作った時のインタビューでクイーンが「これは全く無視されるか熱狂的に受け入れられるかのどちらかだ」と言っているんです。もしかしたらそれに近い心境かもしれません(笑)。

(・・・続きは本書にて!)
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本書では、制作を終えたお二人へのインタビューも最後に行い、制作スタートから完成に至るまでにどのような過程を経て『BEASTARS』が作られたかを紐解いています。
モデリング、フェイシャルキャプチャ、CGアニメーション、美術設定、美術ボード、VFX、色彩設計、演出、撮影処理など、多岐にわたる各セクションの貴重な設定資料を掲載し、たくさんのスタッフの方にお話を伺うことができました。

アニメーション制作やCGに関する専門用語には注釈を入れて解説していますので、専門的なことを知らなくても楽しく読める内容になっています。
この試し読みはほんの一部で、大ボリュームの内容となっていますので、気になった方はぜひお手に取ってみてくださいね。

Amazonページはこちら。電子版もあります。


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