試し読み:『アイデアスケッチ』 良いファシリテーターになるために
2017年10月に刊行した書籍『アイデアスケッチ ―アイデアを〈醸成〉するためのワークショップ実践ガイド』をご紹介します。
岐阜県にある情報科学芸術大学院大学[IAMAS]で教える4人の著者による書籍です。IAMASは独自の存在感を持つ学校で、数多くの優れた卒業生を輩出していますが、そこで培われた視覚的なブレインストーミング手法「アイデアスケッチ」を、誰もが実践できるようわかりやすく解説した書籍です。今回ここでは、著者のひとりジェームズ・ギブソンさんによる「良いファシリテーターになるために」のテキストを掲載します。
インターネットによって〈分断〉が生じたのではなく、もともとあった(けれども気づかなかった、あるいは気づかないふりをしてきた)〈分断〉が、インターネットによってわかりやすく可視化された、というのが昨今の状況であろうという認識でおりますが、そういった世の中を前進させ成長させるためには、融和をもたらすファシリテーターの重要性はますます高まるはずです。[村田]
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良いファシリテーターになるために
ここまで読んでいただきありがとうございます。私は、あなたが本書を楽しみつつアイデアスケッチワークショップを自身で開催するためのヒントやコツをいくつか発見できたことを願っています。
この時点であなたは、何年もの無数のプロジェクトやワークショップで私が個人的に学んだことについて知りたいと思っているかもしれません。そこで、この最後の章では、優れたファシリテーターになるという課題と、総合的な生産性を向上させる方法に関する私の観察と洞察についていくつかお話したいと思います。
経験を積み、アイデアを繋ぎ、フローに入る
アイデアは、経験によって支えられています。ファシリテーターは、全く異質なアイデアを既成概念にとらわれずに結びつけられなければなりません。典型的には(そして願わくば)、アイデアスケッチワークショップでは実用的なものから幻想的なものまで多くのアイデアが出てくるでしょう。馴染みやすく、実現可能で、容易に充実感を得られるアイデアにしがみつきがちなのですが、そうしたアイデアは途中で暗礁に乗り上げてしまうか、最後までいったとしても、(あなたの組織、団体、世界の中で)ほとんどまたは全く影響を与えないタイプです。
競争の激しい職場環境では、失敗のリスクがほとんどない簡単な作業に取り組むことで、より安全であると感じられるかもしれません。表面上、あなたは物事を終わらせ、役割を果たし、進歩しているように見えます。しかし、長期的に見れば、あなたは時間を埋めること以上のことをしていません。あなたが本当に記憶に残るような何かを達成してインパクトを生み出したいのであれば、より高い目標とより難しい課題(デザインチャレンジ)を設定し、インパクトの大きいソリューションを創り出すことに挑戦する必要があります。あなたは、私があなたを挑発していると思うかもしれません。しかし、より高いところを目指して自分自身に挑戦することを思い出させる小さなヒントだと考えてください。あなたは最初から大きく飛躍する必要はなく、毎回小さな一歩を踏み出せばいいのです。経験を積んで、アイデアの間により多くのリンクを見つけられるようになることで、近いうちに自然と大きなデザインチャレンジに取り組むようになるでしょう。
私たちがアイデアをスケッチすることについて説明した第2章に立ち返って思い出してください。私たちは、あなたの心に最初に浮かんだアイデアを書き留め、その有効性や些細なことを心配しないでくださいと言いました。人々がアイデアを共有することをためらうのは、自分たちが馬鹿だと見られたり、判断されたりしたくないからです(それは自然な人間の反応です)。共有することなく最初のアイデアを持ち続けようとする抵抗感は、実際には流れを妨げます。それゆえ、最初のアイデアをスケッチし、自信を築き、文字通りに心の鍵を開け、より目立たないアイデアが流れ出るようにしましょうと述べたのです。
たとえ短期間であっても、人々が経験を共有でき、非難されることがなく、自信を持って自分を表現できる環境をワークショップとしてつくることによって、グループのなかで次々とアイデアが浮かんでくるようなフロー状態を起こすことができます。思い返してみると、だからこそ皆が同じように描くことでスケッチのスキルについての競争や判断を取り除くようにしたのです。
HINT:(シーッ! …誰にも言わないでください。)参加者たちよりもやや下手に描くと、人々は気分が良くなります。人々は、字を書くことに比べてスケッチのスキルをすぐに判断しようとする傾向があるため、少し下手にスケッチを描くことで人々の自信を簡単に引き出せます。しかし、話題がスケッチのルールに従い、文字を書くことになった時には、模範を示して指導する方がうまくいきます。
「行間を読む」こととアイデアをリンクすることは高度な技能が要求される熟練仕事ですが、より多くのことを経験することで高められます。これは2通りで有効です。まず、より多くの経験を持つことで、意思決定の基礎となる知識と理解の幅が広がり、至る所でアイデア間のつながりを見ることができるようになります。より多くの経験をすることで、より多くの人々が出会い、異なる人、コミュニティ、文化がさまざまな状況でどのように考え、使用し、行動するかについてのより深い洞察を得ることができます。このタイプの知識は、最終的に人々の心を動かしたり、人々によって利用されるデザインチャレンジに取り組む際には非常に重要です。つい先ほど述べたことについて考えてみれば、それはかなり明白でしょう。
次に、楽しいものを(単独で、またはグループで)体験する行為は、神経化学物質を脳内に放出する効果をもたらし、創造力を発揮してより大きな概念を形成するアイデアを結び付けるのに役立ちます。私はよく、デザインの仕事(いわゆる創造的な思考)は、9時~17時の活動とか、オン/オフを切り替えることができるものではないと言います。あなたがどうかは知らないのですが、私はしばしばベストなアイデアを得たいと思ったり、ブレークスルーを考えたいと思った時、問題を解決する作業とは完全に切り離された何かをやります。例えば、ヒマラヤ山脈で6日間のハイキングをするとか、友だちと一緒に長野のパウダーコースでスノーボードをするといったことです。もちろん、こんなに極端である必要はありません。日没や日の出を見たり、定期的な散策やランニング、サイクリング、温泉、地元のヨガクラスに参加したり、ライブコンサートを観に行ったり、自分で楽器を学ぶことだっていいでしょう。こうしたもろもろにくわえて、美味しいものを食べることと、(関連性のある本や無関係な本を)より多く読むことは、あなたに幅広い経験をもたらし、創造的思考を助けるのに役立ちます。
さらに、あなたの心を解放し、あなたの創造性を劇的に高めるよう神経系統に影響を及ぼす物質で脳を満たすことは、リスクを負うことに対する耐性を高め、あなたに最高の気分を感じさせます。
HINT:あなたのワークショップを楽しい経験にしてください。刺激的な場所や変則的な場所を選択することによって、劇的に異なるアイデア(結果)を促進できるでしょう。窓のない灰色の会議室を想像してみましょう。自然素材でできた空間に大きな窓から自然光が差し込む快適なスタジオを想像してみましょう。あなたはどちらで働きたいですか? 状況に応じて、通常の環境ではない外部にスペースを借りることを検討してでも、あなた自身と参加者のためにワークショップ体験を用意してください。重要な神経系統に影響を及ぼす物質の放出を助け、結果と意思決定の質を高めるからです。
HINT:休憩を取らずに長時間働いても、生産性が向上するわけではありません。実際には、反対が真です。そのようなことを続ければ、あなたの生産性と創造的思考力は低下します。しかし、あなたが懸命に働き、他の経験のために定期的な休憩を取るなら、あなたの能力は向上します。これは生産性とパフォーマンスのためのちょっとした公式「ストレス+休憩=成長」です。
ストレス=積極的に働いている
休息=積極的に休んでいる
成長=パフォーマンスの向上
自分の筋肉を鍛えているスポーツマンを想像してください(ストレス)。翌日、筋肉は疲れて痛いので、回復するためには休息する必要があります(休息)。次回のトレーニングでは、筋肉はより強くなり、より良いパフォーマンスを示します(成長)。もし筋肉を休めなければ、疲れたり、悪くすれば負傷してしまうでしょう。何の話をしているんだと思いますか? 脳だって同じです!
One Tree Academy
IAMASにおける研究の一環として、私は授業やワークショップ、トークイベント、キャンプファイヤーのディスカッション、さらにはテントサウナパーティまで開催する実験的な空間を作りました。私たちはしばしば、これらの全ての活動(音楽や食べ物を含む)を組み合わせ、私がフローについて話した時に紹介したような神経化学物質を得るために脳や身体を休息させ、刺激することによって、総合的な学習体験を作り出します。
もっと知ることに興味があれば、http://onetreeacademy.xyz/を見るか、Instagram:@onetreeacademyをフォローしてください。
実践的なガイドライン
最後に、私は場所にかかわらずうまくいくワークショップを引き起こするのに役立つ実践的なガイドラインを残します。
コミュニケーション
・この本で述べたように、人々とのコミュニケーションが重要です。この方法論は、参加者間の対面コミュニケーションを容易にするいくつかの段階で設計されています。ファシリテーターとして、積極的に質問し、他の人に同じことをするように進めたり促したりしましょう。私はしばしば、参加者の間を念入りに回って、順番に質問をするように促します。参加者たちが立ち往生しているように見える場合、シンプルに「なぜ?」と質問するとよいでしょう。
・低レベルの質問をすることを恐れてはいけません。時として簡単な質問は尋ねにくいことがあり、参加者は自分たちが低レベルだと思う質問をすることを躊躇します。自分たちだけが理解していないように見えるのではないかという恐れがあるからです。一見低レベルに見える質問をするのはファシリテーターの役割です。ファシリテーターにアシスタントがいる場合は、事前にどちらがそのような質問をする役をするのかについて同意しておいてください。私が(共著者の一人である小林)茂と一緒にワークショップをしている時、私たちはこれをよくやります。これは、参加者が自信を深めるもうひとつの方法なのです。
観察
・混乱と思考停止の兆候について参加者を注意深く見守りましょう。それは戸惑いや自信がないことの兆候とも言えます。状況に応じて他のヒントを試してみてください。
・集中力低下と疲労の兆候を注意深く見守りましょう。軽食をとるために臨時の休憩を取りましょう。この方法論はガイドであって、一連のルールではありません。
共感とサポート
・このタイプの活動は、一部の人々にとっては難しいことがあります。あなたがこれを初めてやった時のことを思い出してください。参加者に共感を示し、わかったり感じたりしたことに応じて、もっと強く押すか、引き戻して励ますかしましょう。
・例を挙げ、最初に質問し、人々がスケッチするのを助けてください。例えば、誰かが最初のスケッチを描くのに苦労していると感じたら、質問して励ますことで助けてください。その人のために最初のアイデアをスケッチしたっていいのです。それから、次のアイデアをつくり、それを前向きな態度でスケッチするよう助けてください。再び戻って人々の進捗を確認し、さらなるサポートを提供することを忘れないでください。
興味
・こんなことを言うのはばかばかしいと思うかもしれませんが、あなたは自分が作成し、取り組むことを目指している「デザインチャレンジ」に興味がなければなりません。そうでない場合、参加者はあなたが興味を持っていないことに気付き、ワークショップにコミットしないでしょう。あなたがほとんど興味のないものに対して懸命に働くように頼むのは不公平です。そのようなことでは、結局のところあなたのワークショップは成功しないでしょう。
・作成された全てのアイデアに興味を持ってください。アイデアの肯定的な側面を見て、それを引き出し、参加者に落胆させないように励ましてください。建設的な批評を提供し、決して破壊的にならないようにしましょう。
リサーチ
・イントロダクションのなかで、あなたのデザインチャレンジをうまく導入してください。あなたの主題についてよく研究し、自分が話していることについて十分に理解してください。参加者は、デザインチャレンジの背景と関連するトピックについて質問をすることがあります。人々が持つであろう疑問に答える準備をしてください。
・スケッチの練習をしましょう。
オーバービュー
・ワークショップだけでなく、プロジェクト全体の目標を概観(オーバービュー)しましょう。ランダムなアイデアをスケッチするだけの活動に夢中にならないでください。ワークショップは楽しくエキサイティングですが、大局を思い出してください。考え抜かれた明確なデザインチャレンジは、あなたがプロジェクトの範囲内にとどまるのを助けます。
・ワークショップで確認できるのではないかと期待する先入観を持ち込まないようにしましょう。オープンマインドでありながら、全体的な目的の明確な概観を持ってください。あなたは主題に焦点を当てつつも、発見と驚きのためにオープンでいる必要があるのです。
・単純なアイデアを超えたものを見るために、知識と専門知識を活用してください。いくつかのアイデアには、あなただけが見ることができる手がかりがあるかもしれません。そのため、あなたは(多くの場合には結果により大きな利害関係を持って)深く理解するためにより多くの時間を投入する必要があることを忘れないでください。アイデアを結びつけるための主導権をとってください。しばしば、主題と文脈への理解が深まっているあなただけがアイデアを結びつけられることがあるのです。
私は、何年も前に私が最初にlive|workで仕事を始めた時に、Chris Downsが共有した短い引用(テレビアニメ『ザ・シンプソンズ』から)を忘れることはありません。それは私にくっついて離れず、どのデザイン方法論であっても難しく考え過ぎないように覚えておくことを助けてくれます。
"There's no trick to it, it's just a simple trick!"
デザインプロセスや方法論はトリックだ。単なるトリックだ!
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