見出し画像

試し読み:『サウンドプロダクション入門 DAWの基礎と実践』

2021年3月に刊行した『サウンドプロダクション入門 DAWの基礎と実践』から、「はじめに」と、1章「基礎編 音を聴く」から「音がわかる耳」のパートをご紹介します。本書は、著者の横川理彦氏が美学校で行なっている講座「サウンドプロダクションゼミ」をもとにしたDAW入門書。DAWのみならず、音楽全般に興味がある方々に、ぜひご一読いただきたい一冊です。

--------------------------------------

はじめに

 本書は、DAW(デジタルオーディオワークステーション)で音楽を作っていくための入門書です。DAWとはコンピュータのソフトウェアです。音楽制作用のスタジオ機器(ミキサー、マルチトラックのレコーダー、エフェクター)と様々な楽器がソフト化されたもので、今や誰でも安価で簡単にハイクオリティな曲を作ることができるようになりました。

 人類の歴史では、音楽の変化・発展とハードウェア(楽器)の変化・発展は、常に対応してきました。ピアノ>金管楽器>エレクトリックギター>シンセサイザーといった変化、またラジオやレコード、CDといった再生媒体の変化と、音楽内容の変化は直接対応しています。

 ここ数十年のパーソナルコンピュータの発達は、音楽の内容を大きく書き換えてきました。今日、オールジャンルの音楽で、制作から人の耳に触れるまでの間にDAWを経ていないものの方が珍しくなっているのです。

 ピアノが12音の音階を、シンセサイザーが発信機やフィルターを前提とする音楽の考え方を意味するように、DAWは音のデジタル化、聴覚と視覚の結びつき、音楽をサウンド(音色)として聴き取る考え方を前提とします。このDAWの哲学を知ることは、音楽初心者・入門者だけでなく生演奏が主体の演奏者や、音楽愛好家にも、とても役立つと思います。

 本書は6つの章から成り、まず1章でDAWで音を聴く基本的な作法を知り、2章では現在の音楽の大きな焦点になっているリズムについて学びます。3章は、DAWの観点から見たコードとメロディについて。4章は、DAWの1番の長所となるミックスを概観します。5章は作品のアウトプット(発表)についてで、これは現在大きく変化しつつあるところです。6章はDAWという観点から見た4人のアーティストの研究です。2章以降はどこから読んでも構いませんが、6つの章全体を通して、DAWに何ができ、どのような可能性があるのかがわかると思います。

 なお、本書はDAW一般の解説書としても読めますが、たくさんあるDAWの中でも特に先鋭的で、DJカルチャーに深く関わっているAbleton Liveを主に使っています。

 また本書の内容は、マルセイユのNPO「A.M.I」を通じて世界各地で行なったDAWのワークショップと、美学校の「サウンドプロダクションゼミ」の授業から生まれたものです。出会った数多くの受講生たちに感謝します。

--------------------------------------

CHAPTER 1    基礎編  音を聴く

 DAWを使った音楽作りを始めるときに最初に取り組むことは、音を出す環境作りです。音楽を正確に良い音で再生するためには、DAWやコンピュータ、スピーカーなどの音楽機材を揃えるのと同等に、音を出す場所を整えることが大事です。

 世界を旅して、各地で音楽家やエンジニアと仕事をしてみると、DAWなどの機材は要点を押さえつつもシンプルで、音を出す部屋がちゃんとしている、という例がヨーロッパでもアフリカでも多かったです。機材は最新だけど部屋のレイアウトはいい加減、というシチュエーションでは、再生音が正確に聴こえないので、何がいい音なのか判別がつきません。

 この章では良い環境を作るのとあわせて、どのように音を聴くのか、サイン波やフィールド録音を通じて、クリエイター側の「聴き取る能力」を育てる方法も提示しています。また、DAWで何ができるのか、DAWで音楽を作るのがどういうことなのかについても、大枠を考えてみました。DAWの最大の強みは、音を視覚化して取り組んでいけるところなので、画面で音を「診る」方法についても説明しています。

1-1  音がわかる耳

 音楽を作る上で大事なこと、1つは他の人が聴いた時に共感する部分を曲に持たせることです。そのためには、音を聴く、そして音楽を聴く能力を自分で伸ばしていくことが必要です。まずは音を聴く状況について考えてみましょう。

音楽の「中に入る」

 音楽を集中して聴き、音楽の「中に入る」ことはリスナーの大きな快楽であると同時に、音楽を作る人にとって必要な基本項目です。他の人が共感するような曲を作れるかどうかは、まず自分が音楽に没入したことがどれだけあるかにかかっています。

 ところで、現在私たちはどこで、どうやって音楽を聴いているのでしょうか? 私たちが聴く音楽は、ほとんどがスピーカーやイヤフォンを通じた再生音で、すでに録音された音を色々なメディアで聴いています。コンサートやライブで音楽家の生演奏を聴くという場合でも、歌はマイクを持ったシンガーの歌唱をPAスピーカーから聴いています。楽器の演奏者も、アンプから音を出したり、マイクで音を拾いPAスピーカーから音を出しています。歌手や演奏家から発せられる音をそのまま聴くという経験は、珍しい出来事になってしまいました。また、昨年のコロナ禍からの世界的な社会変化は、音楽経験=再生音となることをさらに推し進めています。

 こうした状況の中で音楽のクリエイターがまず持つべきクラフト(技術・力)は、「音を正確に聴き取れること」になっています。音楽の中で、色々な音がどのように鳴っているのかを分析的に正しく聴き取ることができるなら、音楽を作るための基本技能が備わっていることになります。これは、音を分析的に聴く方法であり、音楽を聴いて感動するのとは異なるものです。この技能は、最初は人によってばらつきがありますが、意識的に訓練することで、誰でも「音がわかる耳」を持つことができます。

 本章では、まず音を聴く環境を分析した上で、どのようにして音を聴くと良いのかを解説していくことにしましょう。

--------------------------------------

※試し読みその2(1章「基礎編 音を聴く」から「フィールド録音の勧め」のパート)はこちら
※試し読みその3(1章「基礎編 音を聴く」から、「生演奏と再生音楽」と「音楽とは、周波数の時間分布である」のパート)はこちら

Amazonページはこちら。電子版もあります。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?