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試し読み:『サウンドプロダクション入門 DAWの基礎と実践』 その2

2021年3月に刊行した『サウンドプロダクション入門 DAWの基礎と実践』。1章「基礎編 音を聴く」から「フィールド録音の勧め」のパートをご紹介します。本書は、著者の横川理彦氏が美学校で行なっている講座「サウンドプロダクションゼミ」をもとにしたDAW入門書。DAWのみならず、音楽全般に興味がある方々に、ぜひご一読いただきたい一冊です。

※試し読みその1(「はじめに」と、1章「基礎編 音を聴く」から「音がわかる耳」のパート)はこちら
※試し読みその3(1章「基礎編 音を聴く」から、「生演奏と再生音楽」と「音楽とは、周波数の時間分布である」のパート)はこちら

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1-6 フィールド録音の勧め


 フィールド録音とは、録音機を持って出かけ、野外録音をすることです。自分で録音した音をホームスタジオでDAWに移し、DAWから再生してみることで、音に対する理解が深まります。あらゆるタイプのサウンドクリエイターに勧められる、音楽作りの必須項目の1つです。

フィールド録音


 スマートフォンの普及によって、いつでもどこでも写真や動画を撮ることが当たり前になりました。フィールド録音は、これのサウンド版ということです。動画を撮る時には音声も同時に録音されているので、このデータをDAWに読み込めばいいのですが、音楽クリエイターには、ぜひ専用の録音機で野外録音をすることを勧めたいです。
 なぜか? 野外録音した音をDAWに読み込んで再生することで、音に集中し音がよくわかるようになるからです。普段、視覚や嗅覚と一緒に受け止めている外の世界は、聴覚だけ切り離すと全く違うものになります。視覚イメージのないところでは、音の大きさや距離感、場所の響きや、普段気に留めていない多数の環境音に気がつくのです。山の風の音や木の葉の擦れる音、川や海の水の音、時には港や工場のノイズは、それ自体で聴き込むことのできる美しい環境音楽となります。

フィールド録音の機材


 フィールド録音に使う機材は、高級機から安価なものまで様々なものがあります。近年の録音機材の質・量は充実しており、入門的な安価なものでも十分に良い音で録音できるようになってきました。2021年現在、安くて音質の良い機材は、ZOOM社のH1nです。TASCAM、SONY、Rolandなど他社のものも推奨できます。サイズ、デザインや価格などで自由に選んでもいいでしょう。
 しばらく使ってみて、フィールド録音に興味が湧いたら、SONY PCM-D100やZOOM H6などの、より高級なものを使ってみるのも良いです。音質は、確実に違います。フィールド録音専門の録音家たちの標準機は、Sound Devices社のMixPreシリーズでしょう。録音機能や耐久性が高く、寒冷地など厳しい環境にも強いです。ただし、マイクは野外録音用の専門的なものが別途必要になります。
 もう一つの選択肢は、iPhone ユーザーのための専用マイクを使うことです。SHURE、IK Multimedia、Rode、Audio Technica、ZOOMなど各社から専用マイクが出ていますが、フィールド録音にはSHUREとZOOMのものが良いです。コンピュータがMacで、スマートフォンがiPhoneの人なら、データのやりとりもiCloudで簡単に行なえるメリットがあります。

何を録音するのか?


 まず、自分を取り巻く環境音を録音してみましょう。家の中を一周するだけでも、部屋ごとの響きが異なるのがわかります。部屋から近所のコンビニに行って買い物をしてくると、通りのノイズ、自転車や車の通過音、店に入った瞬間の空気感の変化などが面白いはずです。また、台所のキッチンウェアの類を叩いたり擦ったりすると、パーカッション的に使える音がたくさんあるのがわかるし、キッチンの流し、洗濯機、バス・トイレなどの水回りの音も、とても良いリズムループになります。電車や地下鉄、バスなど乗り物の音も、定番の面白さです。
 海、川、山などに出かけて、狙いの音を録音してみるのも、勉強になります。まず大抵の場合、車の音や店や人、山では飛行機の通過音など余計なノイズが入ることが多く、自然音だけを録音できることは稀です。また、海や山の風の音を綺麗に狙ったように録音するのは、高等技術です。波の音は、近くで録音すると荒々しい音になることが多いです。ある程度水際から離れると、自然な波の音になるのですが、波の音以外のノイズが増えてS/N比(サウンドとノイズの比率)が悪くなります。風の音は、マイクに「ボッ」という吹かれのノイズが入ることが多く、マイクにつけるウィンドスクリーンが必要になります。これは手袋や帽子でも代用できますが、いずれにせよ録音の高域特性は悪くなります。
 実際に録音するときは、密閉型のヘッドフォンでモニターしながら作業すると、狙いもはっきりするし、作業に集中できるでしょう。録音機を手持ちにすると、ハンドリングのノイズが入りやすいのも注意点。録音機のオプションのマイクスタンドを持ち、レコーダーに触れないようにするとかなりノイズは減ります。
 基本テクニックの1つとして、マイクの高さの調整は、録音内容の周波数バランスに大きく関係します。低い位置で録音すれば低音が多く、高い位置にすると低音が減って高域が目立つようになります。人間の頭より高い位置にマイクを設定すると、人由来のノイズは随分減ります。ライブハウスなどで演奏を生録音する場合、マイクの位置を人よりも高くするのは常識です。
 また、ヘッドフォンでモニターをしているとはっきりとわかりますが、録音したい音をマイク正面に置くと、音の狙いがはっきりします。これがずれていると、何を録音したいのかがよくわかりません。逆にこの現象を利用して、録音したいものにゆっくりと近づいていったり、左から右にゆっくりとパンしていくのもテクニックの1つです。電車が通過していったり、祭の神輿が移動していく、などは昔のオーディオチェック用のステレオレコードの定番でした。

録音ファイルをDAW に移す


 ハンディレコーダーなどで録音するときには、録音ファイルの形式を指定するのですが、非圧縮のAIFFやWAVで44.1kHzか48kHz、ビット数は16か24にしておくのが良いです。録音機によってはこれ以上の96kHzや192kHz、32bitなどの選択も可能ですが、このグレードで良い結果を生み出すためには、マイクもそれに見合うだけの高性能なものが似つかわしくなります。逆に、MP3などの音声圧縮のものは、選ばない方が良いです。会議やインタビューの場合は、音のクオリティは低くても良いので、データ量が少なく長時間録音できるMP3が有利です。
 DAWの方のオーディオクオリティの設定も重要です。CDというプラットフォームが昨今あまり意味がなくなってきているので、DAWの設定はWAVかAIFFで、48kHz、24bitにしておきましょう。パソコンの能力にもよりますが、ハイエンドに近い速い機種を使っている人なら、96kHz、32bitで作業するのも良いでしょう(オーディオインターフェースの能力にも注意!)。フィールド録音の編集くらいであれば、トラック数も少ないので、高いオーディオクオリティで作業するのもありです。
 ビット数についてつけ加えておくと、DAWでの作業で16bitは避けるべきです。プラグインのエフェクトなどで内部計算を重ねるたびに、オーディオ自体のクオリティが劣化していくので、16bitの基本設定で作業していると、最終結果のミックスは音がデジタルでカクカクした感じになりやすいのです。24bitで作業していけば、最終結果は16bit以上のダイナミックレンジが確保できてオーディオのクオリティが保てます。

フィールド録音をDAW で聴く


 録音してきたオーディオをDAWに移し、再生してみます。録音していたときと同じように、リアルに感じられるでしょうか? 音の遠近が違って聴こえるのは当然です。カクテルパーティ効果と言って、人間はたくさんの音が鳴っている中で、自分の聴きたい音に焦点を当てて選択的に音を聴いているのです。視覚情報のない状況だと、たくさんの音がそのまま鳴っているのを平等に受け取らざるを得なくなります。
 反対の例は、映画のサウンドトラックです。撮影時に同時録音でセリフや周りの物音が録音されていても、のちに演出の都合上、音が加工されて、観客に「選択的に聴かせている」のです。
 もう1つ大きな違いは、マイク録音では、録音時に耳以外の体で聴いている音が伝わってこないのです。フランスのアルフレッド・トマティス博士は音の高さ(周波数)によって背骨の共鳴する部位が異なるという研究をしていますが、マイク録音では現場で鳴っている重低音部分がうまく拾えないので、花火の音、海の音、和太鼓の音や忙しい街のノイズなどに多く含まれ、「迫力のある音」として感じられる低音がスッキリしてしまうのです。イコライザーで低音を持ち上げると、現場で聴いていたのと近い印象の音になります。

ミュージックコンクレート


 フィールド録音は、それだけに集中して作品を作るアーティストをたくさん産みました。1970年代に活躍したニューウェイブバンド(キャバレー・ヴォルテール)からフィールド録音家に転身したクリス・ワトソンは幾多の傑作を発表しています。
 また、1940年代後半にフランスのピエール・シェフールとピエール・アンリによって作られたミュージックコンクレート(Musique Concrète)は、現代音楽の1ジャンルとして世界に広がり、生録音した具体音のテープを素材にそれらを編集・加工する(エフェクトをかける)方法で作品を作りました。発振器を素材とする電子音楽と対照的な存在で、DAWのオーディオとMIDIの2つのあり方に通じていきます。リュック・フェラーリの「Presque Rien No.1」は傑作かつ面白いので、一聴を勧めます。

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Amazonページはこちら。電子版もあります。

横川氏インタビュー記事はこちら。


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