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大学入学共通テスト 国語 第2問 小説 「羽織と時計」加能作次郎を高校教師が解いてみた

大学入学共通テスト 国語第2問 小説 「羽織と時計」加能作次郎

この小説が発表された1918年は大正7年。第1次世界大戦の終了年です(大戦の開始は1914年)。今から100年前に書かれた小説です。

小説問題のねらいは、登場人物の心情とその変化を読み解くことです。
心情は直接書かれていることは少なく、行動やセリフで推し量る必要があります。

問題へのリンク(毎日新聞)https://mainichi.jp/exam/kyotsu-2021/q/?sub=NTL

では問題を解いていきましょう。
小説問題を解くときは、特に前書きが重要です。
時代背景や登場人物の説明、あらすじなどが書かれているためです。
私の同僚のW君は、妻子、従妹と同居し、生活は苦しい。病気で休職したとき、私が同僚から見舞金を集め贈ったことがある。

本文はそれに続く場面とあるので、W君が休職から復帰した時から始まります。
本文を内容からいくつかの場面に分けて、それぞれタイトルをつけておきます。

初め~12行目 羽織を作ることになったいきさつ
13行目~28行目 羽織を誉める妻の反応
29行目~44行目 退社の記念品の時計
46行目~73行目 W君を見舞いに行けない心情(W君の妻君を恐れる)
74行目~終わり 妻をW君のパン屋に買いに行かせる

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この小説は「私」の自意識が中心に描かれています。
W君から受けた恩恵を自意識が邪魔して見舞いに行けないのです。
自意識の内容は、W君の妻に責め立てられそうというものです。
私の独りよがりの妄想でW君の見舞いができず、それにこだわり続ける心情が描かれています。

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問1 語句の意味を問う問題です。辞書的な意味を知っていれば簡単ですが、知らない場合は文脈(話の流れ)で考えましょう。
ア 術もなかった 「術」は手段、方法のことなので、「手立てもなかった」が正解です。文脈を見ると、「W君は独りで首肯いて」とあるので、私が辞退できない早い展開で話を決めてしまったことがわかります。

イ 言いはぐれて 「つい」とあるので、なんとなく、「今だに妻に打ち明けてない」のです。タイミングを失してということです。

ウ 足が遠くなった 「自然と遠ざかって了った」「一層」とあるので、W君の見舞いに行くことを指していることがわかります。

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問2「擽られるような思」とはどのような気持ちか。

「今でもそれが私の持物の中で最も貴重なものの一つ」「ほんとにいい羽織ですこと、あなたのような貧乏人が、こんな羽織をもって居なさるのが不思議な位」「妻が私が結婚の折に特に拵えたものと信じて居るのだ」「よくそれでも羽織だけ飛び離れていいものをお拵えになりましたわね」
このように妻から羽織を誉められながらも、W君からもらったと言いそびれているので、うれしい反面、後ろめたい気持ちでいるということがわかります。正解は、3
1は「笑い出したいような」が×
2は「不安になっている」が×
4は「羽織だけほめることを物足りなく思う」が×
5は「自分を侮っている妻への不満」が×

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問3 「何だかやましいような気恥ずかしいような、訳のわからぬ一種の重苦しい感情」とはどういうことか。

W君を非難、邪推する社内の声に対し、私は「非常に不快を感じた」「W君に対して気の毒でならなかった」「W君の厚い情誼を思いやると、私は涙ぐましいほど感謝の念に打たれるのであった」
「それと同時に」「常に或る重い圧迫を感ぜざるを得なかった」「私の身についたものの中で最も高価なものが、二つともW君から贈られたものだ」
「感謝の念と共に」→「やましいような気恥ずかしいような」「一種の重苦しい感情」を起こすとあるので、「感謝」しつつ「重い圧迫」を感じていることがわかります。正解は1

2は「実はさしたる必要を感じていなかった」「評判を落としたことを、申し訳なくももったいなくも感じている」が×
3は「高価な品々をやすやすと手に入れてしまった」が×
4は「情けなく感じており、W君の厚意にも自分へ向けられた哀れみを感じ取っている」が×
5は「見返りを期待する底意も察知」が×

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問4 「私はW君よりも、彼の妻君の目を恐れた」とあるが「妻君の目」を気にするのはなぜか。

「病気が再発して、遂に社を辞し」「自分は寝たきりで」「交友の範囲もおのずから違って行き、仕事も忙しかったので、一度見舞旁々訪わねばならぬと思いながら、自然と遠ざかって了った」
『〇〇さんて方は随分薄情な方ね、あれきり一度も来なさらない。こうして貴郎が病気で寝て居らっしゃるのを知らないなんでしょうか、見舞に一度も来て下さらない』「私を責めて居そうである」
この二点から、正解は1
2は「転職後にさほど家計も潤わずW君を経済的に助けられないことを考えると」が×
3は「妻君に偽善的な態度を指摘されるのではないかという怖さ」が×
4は「妻君の前では卑屈にへりくだらねばならないことを疎ましくも感じている」が×
5は「自分だけが幸せになっているのにW君を訪れなかったことを反省すればするほど」が×

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問5 「私は少し遠廻りして、W君の家の前を通り、原っぱで子供に食べさせるのだからと妻に命じて、態と其の店に餡パンを買わせた」とある「私」の行動の説明として適当なものを選ぶ。

「私は何か偶然の機会で妻君なり従妹なりと、途中ででも遇わんことを願った」「実はその折陰ながら家の様子を窺い、うまく行けば、全く偶然の様に、妻君なり従妹なりに遇おうという微かな期待をもって居た為であった」この二点から正解は5
1は「かつてのような質素な生活を演出しようと作為的な振る舞いに及んでいる」が×
2は「逆にその悩みを悟られまいとして妻にまで虚勢を張るためになっている」が×
3は家族を犠牲にしてまで自分を厚遇してくれたW君に酬いるためのふさわしい方法がわからず」が×
4は「W君の家族との間柄がこじれてしまったことが気がかりでならず」が×

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問6 「資料」 発表当時の新聞に掲載された批評(宮島新三郎)を踏まえて問いに答えます。
(ⅰ)「羽織と時計とに執し過ぎたことは、この作品をユーモラスなものにする助けとはなったが、作品の効果を増す力にはなって居ない」
直前の長い一文に注目。「若し此作品から小話臭味を取去ったら、即ち羽織と時計とに作者が関心し過ぎなかったら、そして飽くまでも『私』の見たW君の生活、W君の病気、それに伴う陰鬱な、悲惨な境遇を如実に描いたなら、一層感銘の深い作品になったろうと思われる」とあります。
5では「羽織と時計とに執し過ぎたことは」=「挿話の巧みなまとまりにこだわったため」、「作品の効果を増す力にはなって居ない」=「W君の生活や境遇の描き方が断片的なものになっている」と言い換えられています。これが正解
1は「W君の描き方に予期せぬぶれが生じている」が×
2は「実際の出来事を忠実に再現しようと意識しすぎた」が×
3は「W君の一面だけを取り上げ美化している」が×

(ⅱ)「羽織と時計-」の繰り返しに注目し、評者とは異なる見解を提示した内容として最も適当なものを選ぶ。

評者は、「見た儘、有りの儘を克明に描写する」点に作者の「大きな強みがある」と考えています。いわば「自然主義」の「私小説」的な特徴を評価しています。
私小説とは、「人生の暗黒、醜悪な面のことさらな強調」という特徴があります。
評者はこの視点から批評しています。これとは異なる見解を提示した選択肢を考えるには、消去法で見て行きましょう。
1は「かつてのようにはW君を信頼できなくなっていく『私』の動揺」が×
2は「複雑な人間関係に耐えられず生活の破綻を招いてしまったW君のつたなさ」が×
3は「好意をもって接していた『私』に必死で応えようとするW君の思いの純粋さを想起させること」が×
4は「W君の厚意が皮肉にも自分をかえって遠ざけることになった」、「『私』が切ない心中を吐露している」がどちらも読み取れる内容なのでこれが正解。

感想
・資料として当時の文芸批評を引用している点が目新しい。複数資料を読解するという条件には適っている。
・100年前の小説で、題材も地味なもので、読み手(受験生)にはおもしろい小説ではなかったのではないか。
・しかし、考えようでは、
「私」の考えの基準は、自分が他人からどう見られるか(思われるか)が重要となっている。そういった他人の思惑を無視して、友人W君を見舞に行けば喜んだだろうに、それを優先できないところが「私」の「自意識過剰」であり、現代人の心情に近いともいえる。

「わかるわ、この気持ち」と思った人は、満点を取れるかもしれません。


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