誕生日は淡路島の隠れ家へ
ここ数年は、5月も真夏のように気温が上がることもあるけれど、風はまだ「5月のもの」で、肌にあたると気持ちがいい。
天気の良い5月の日、私は「やっぱり1年で一番好きな月は5月だなぁ」と思う。新緑が輝き、世界が一段と美しく見えるから。
5月が好きなのは、26日が自分の誕生日ということもあるかもしれない。
夫が「レンビマを休薬して、淡路島へ行こう」と言ってくれた。
今年の誕生日はお祝いの食事なども難しそうだと思っていたが、「そうか、休薬という手があったか」と賛同した。
主治医には内緒で土日の2日間、休薬した。これで急に高熱が出るような副作用は起きない。体も少しはラクだ。
淡路島まで車で1時間半。これくらいなら移動も耐えられる。
家に閉じこもってばかりの生活なので、こういうイベントがせつないくらい楽しみになってしまう。数カ月ぶりに自分でジェルネイルを施した。ちょっとだけおめかし。
土日はとても天気がよく、行きの車でもややはしゃぎ気味の私。
カーステレオから流れるアレサ・フランクリンのソウルフルで澄んだ声が、車窓から見える青い空に吸い込まれていくようだった。
夫に「無理ちゃうかなぁ」と心配されながらも、どうしても「淡路島バーガーを食べたい」と言い張り、ネットで見つけたお店へ。海の見えるテラスで食事ができる。混雑していてかなり待たされたが、待ち時間の間、海辺で過ごすのは気持ちよかった。
淡路島バーガーをなんとか食べ(ポテトは夫に食べてもらった)、目的は果たしたものの、もうこれでぐったりしていた。(何をしているのだか……)
正直なところ、2口くらいで満足していた。
夫が予約してくれていた宿へ行き、1時間ほど眠った。
夜ごはんは近くの窯焼きピザのお店へ行き、ここもおいしかったのだが、またいつものように1時間もしないうちにしんどくなってきて、残りを全部夫に食べてもらった。
「でも、前と比べたら元気になってるよ。いっぱい食べられてる」と夫は言うが、私は大食いの頃の自分と比べてしまうので、なんだか一人前を食べ切れないことが悲しくなってしまう。すごく弱っているような気がして。
宿に帰って温泉に浸かり、リフレッシュ。
無料のドリンクがアルコールまで充実していたので、夫はいろいろ飲んで楽しんでいた。いいなぁ。私も早くお酒が飲めるようになりたい。
この宿は、部屋から大きな松の木が見えた。松の幹にいっぱい他の植物の葉がまとわりついていて、なんだか「お母さんの木」のようだった。みんなに抱きつかれているような、そんな感じ。
ふと思い出したのだが、今年はお正月の伊勢詣での時に泊まった宿の中庭に「梅」の木があった。4月の結婚記念日で泊まった宿の部屋からは「竹」林が見えた。そして今回は「松」。あ、松竹梅だ。別に意図していたわけではなく偶然だが、おめでたい気がしてうれしかった。
翌朝はコンビニで買っておいたパンを少しだけ食べた。宿の食事は食べ切れずにしんどくなるので、今回は素泊まり。それに、12時から素敵なお店のランチを予約してくれているとのこと。できるだけお腹を減らしていくようにした。
「どんなお店?」と聞いても「和食のミニコース」としか夫は教えてくれない。ネットで探してくれた素敵なお店なのかな、と期待が膨らんだ。
12時が近づいてきた頃、運転する車は急に住宅街へと入っていった。
「え?こんなところにあるの?」と私。普通の家ばかりで道も狭い。隠れ家みたいなお店なのか、とわくわくする。淡路島の人が地元のおいしい食材を使って予約制で家を開放してやっているような感じかな、と想像する。
「ここやわ」と夫が住宅街のど真ん中で車を停め、2台ほど停められる駐車場に車を停めた。そして、1軒の家へ入ろうとする。
「え?ここ?」思った通り看板も出ていない。知る人ぞ知る!みたいなお店かなと思い、入口の横を見ると、見慣れた名前が表札サイズで掛けてあった。
「れだん」
私も夫も大好きな大阪にあるお店だ。私はここ数年行っていないが、夫は会社から歩いて行けるので、この春にも友達と訪れている。
「びっくしりた?」と夫。
「うん、れだんって、あのれだんやんな?」
「そう。別邸で、土日だけ不定期でここでやってるねんて」
「へぇ~!!すごい~!」
店主は昨晩も大阪の店を遅くまで切り盛りし、さっき大阪から淡路島までやって来たところで「すんません。渋滞してて……。ちょっとだけ待って」という。少し待ったが、中に入ると、普通の一軒家ではなく、そこは普通に「お店」だった。
厨房に10席ほどのカウンター。テーブル席が3つ。
今は淡路島も観光バブルでどんどん宿や飲食店などができて地価も上がっているようだが、「少し前」に空き家を250万円で購入し、そこからかなりお金をかけて全面改装したらしい。
中学生の息子さんも一緒に来て料理のお手伝い。将来はここを息子さんに譲るのかもしれないし、自分がしんどい年齢になったら淡路島に引っ越してのんびり店をやるのかもしれない。
相変わらず、こちらのお料理はおいしいだけでなく、美しく手がこんでいた。そして、おそろしく安い。大阪の店でも「現金払いのみ」にする代わりに安い値段で提供している。
店主は中国語を話せ、かなり料理が映えるので(そのうえ、とんでもなく安いし)、中国のSNSでバズって、今、大阪のお店は半分以上中国人ということもあるそうだ。「大変ですわ~」と言いながらも、週末はこうして淡路島まで来て料理してくれるのだからすごい。
どれもおいしかったが、またもや私は全部食べ切れず、1皿ごと少しずつ夫に手伝ってもらった。
途中でお腹も痛くなり、それが悲しかった。
せっかくおいしいものを食べていても、だんだん味がわからなくなってくるのだ。まるで修業のように「あとどれくらいだろう」と終わりばかり考えてしまう。食道楽だった自分がこんなふうになるなんて、本当に悲しい。
だけど、おいしかったのは本当。
まさかこのお店に連れてきてくれるとは思わなかったので(私は淡路島でやっていることを知らなかった)、すごいサプライズでもあった。
何年も食べていなかった店主の料理を食べられたことにも満足。
(でもやっぱりこの料理は酒がいるよな~)
ちなみに、このミニコースで、1人3000円!!まったく儲けるつもりがないようだ。
店主によくお礼を言って、車に乗り込んだ。
あとは帰るだけ。
少し渋滞していて帰りはしんどかったが、それでも頑張って淡路島まで来てよかったなと思った。これでまたしばらくイベントごとはないけど、治療もがんばれる。
2日も休薬したしね。
青い海も空も山も、みんなきれいだった。
今年も素敵な誕生日旅行をプレゼントしてくれた夫に感謝。
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