私が一番好きな場所、新緑の奥入瀬渓流を歩く。
朝5時半、アラームを消して窓まで駆け寄り、カーテンを勢いよく開けると、朝陽を浴びて輝く新緑が目に飛び込んで来た。
すぐにでも外に飛び出したいような浮き立つ心を抑えつつ、ああ、またここに来られたんだと、ふつふつ湧き上がる想いを嚙みしめる。
ここは青森の奥入瀬。昨晩から「奥入瀬渓流ホテル」に宿泊していた。
私は学生時代から東北が好きで、特に青森が好きで、何よりこの奥入瀬を愛していた。幾度となく青森を訪れ、何度も奥入瀬まで足を延ばした。
だから今年の誕生日に夫が「どこか行きたいところに連れていくよ」と提案してくれたときも、迷わず奥入瀬を選んだ。
夫と奥入瀬へ来るのは2回目だ。前回は9月だったので、どうしても新緑の時季に一緒に来たかった。新緑の美しさを見せてあげたかった。
本当は5月中旬ごろが最高に美しいのだが、スケジュールの都合やホテルの空きにより6月3~5日の2泊3日旅行となった。それでもまだ十分新緑を楽しめる時季だ。
そして、ずっと泊まりたかった「奥入瀬渓流ホテル」を予約してもらった。
ホテルはその名のとおり奥入瀬渓流の下流に位置する。(昔は違ったのだが、いつの間にか星野リゾートのホテルになっていた)
見どころはなんといっても岡本太郎氏の作品である、ロビーの巨大な暖炉彫刻「森の神話」だ。奥入瀬の森で鳥や妖精たちが過ごす光景が岡本太郎らしいタッチで描かれている。
暖炉の向こうにはガラス一面の窓からブナ林の緑が降り注ぐ特別な空間だ。
西館にも「河神(かしん)」という岡本太郎氏の遺作とされる暖炉のオブジェがあり、こちらは渓流の水しぶきが水の妖精に変わっていく様子が立体的に表現されている。
暖炉の周辺にはくつろげるスペースが広がり、本やフリードリンク(コーヒー、紅茶)のマシンも置かれている。
ホテルスタッフの対応は気持ちよく、すれ違うときには誰もが「こんにちは」とあいさつしてくれる。微笑み方、身のこなし、話し方、すべてが上品で、特別なおもてなしをされている、歓迎されていると感じられる。
渓流を眺められる露天風呂もあり、何日も滞在していたいホテルだ。
朝、強めの水圧のシャワーを浴びて、身支度を整え、6時45分から早めの朝食をとる。ビュッフェスタイルの朝食は品数も豊富でどれもおいしい。
朝食を済ませると、8時発のホテル宿泊者専用シャトルバスに乗り、奥入瀬渓流の「三乱の流れ」まで行き、そこから上流へ向かって散策した。
奥入瀬渓流は14kmあるが、とりあえず「雲井の滝」まで歩き、そこからホテルへ引き返すバスに乗ることにした。バスは1時間に1本しかないし、12時にはホテルをチェックアウトしなければならないからだ。
「三乱の流れ」から「雲井の滝」まではおよそ3km。80分ほどで歩ける。
やはり新緑の奥入瀬は素晴らしかった。
学生時代はいつも「おいらせユースホステル」に泊まっていたのだが、そこを運営しているご夫婦に近くの蔦温泉に連れて行ってもらっていた。おばちゃんと一緒に温泉に浸かりながら、「いつの時季の奥入瀬が好きですか?」と聞いたとき、「紅葉の時季がやっぱりきれいだし人も多いけど、私は新緑の時季が一番好き」と言われたことを思い出す。
地元の人だからこそ、そう思うのかもしれない。雪に閉ざされた長い冬を終えて、ようやく芽生えた緑の生命力を感じることには、きっと特別な思いがあるのだろう。
いや、だけど、やはり他府県からやってきた者にとっても、この新緑は眩しい。太陽の光が透けて葉の1枚1枚がいきいきと輝く。歓喜の声が聞こえるような気がして辺りを見回す。太古からあるような大きなシダ植物や、やわらかい緑の葉をなびかせるブナの木々。体中がマイナスイオンに包まれて、エネルギーが充満していくのがわかる。ちょっと気を抜くと泣きそうだ。モンゴメリの言う「美の喜びに苦痛すら覚える」とはこのことだ。
なんと美しい世界!
美しく、優しく、強いものたちが、30年前に初めて見たときと変わらずそこにあった。
バスの時間ギリギリになったが、なんとか間に合い、ホテルへ引き返した。
素晴らしい散策だったが、体は言うことをきかない。90分歩いたくらいで情けないが、2時間ほどベッドでぐったりしていた。
名残惜しい気持ちでチェックアウトし、近くのピザ屋さんでお昼ご飯を食べてから、今度は車で「銚子大滝」のそばの駐車場まで走った。
夫は私の体調を心配していたし、私自身も寝込みたいほどしんどかったが、せっかく奥入瀬まで来たのにという思いのほうが強く、「白糸の滝」まで往復すると決めた。また往復で3kmほど歩いただろうか。
再度、駐車場に戻ってきた時にはふらふらになっていたが、結果的にはやはり頑張って歩いてよかったと思う。朝とはまた違う美しい景色にたくさん会えた。
最後は車で十和田湖へ。天気も良く、水面が青く光っていた。
この後、青森空港へ。
自分でもかわいそうになるくらいぐったりしていたが、それでも最高の誕生日旅行だった。
やっぱり奥入瀬は私が世界で一番好きな場所だ。木々の生命力をわけてもらったように思う。
必ずまた訪れよう。今度は燃え盛る紅葉の季節がいいなぁ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?