やれよ

「ベランダにいるキモい蜘蛛なんとかして。」
一緒に暮らしてる女が顎で俺をこき使いやがる。
ま、養われの身、文句の一つでも言おうものなら三倍になってかえってくるし、美人なら怒った顔もそそられるが化粧して人並みのこの女じゃな…ニヤニヤ笑いながら、ベランダにひょいと顔を出せば、夕陽にゆらゆら揺れる蜘蛛の巣が目にとまる。なんだか馬鹿でかい気色悪い蜘蛛、俺は怖気付いて「家にいる蜘蛛殺すと祟られるっていうぜ?」
女は家じゃない外でしょ?早くして!とまあ蜘蛛以上の恐ろしい顔、俺はとりあえず巣は壊した。
大きな腹をもつ巨大な蜘蛛に、とっとと逃げろ、そう心の中で思いながら。

翌日から、なんつーか、一緒に暮らす女がおかしくなってきた。
いつも赤茶けた髪を執拗にくるくるアイロンで巻いて、これまた執拗なくらいに一重の目にアイライナーだのマスカラだの塗りたくって目を巨大化させてたのに、髪を真っ黒に染め直し、化粧もしなくなった。
シャギーのかかった黒髪と、一重だけどそこそこの大きさのある目、よくみりゃしっとりとした地味目な雰囲気ではあるが、なんともまたそれが昨日とうってかわって別人のようでそそられる。
不思議といつものフラフラしていっこうに仕事をみつけない俺への嫌味もないし、別人になってしまった。黙りこくるその沈黙が、不思議と妖しい気配を帯びていく。

おまけに俺が寝入ったのを見計らって、女はいつも俺の身体を弄ぶようになった。
なんだよ、と手を振りほどこうとすると、女はそれはびっくりしたように手を引っ込める。
振りほどこうにもいつも酒臭い息をふっかけ決して怯まず性欲を俺にぶつけまくりの女だったくせに、妙に淑やかだ。
俺は女をみる。長いシャギーがさわさわとひとつの細いとげのような塊になり、やがてはそれはいくつもの四肢となるのか。
女の裸体に銀色の放射状の…これは蜘蛛の巣か。

そっか、俺を狩りにきたのか。
不安そうにみつめる女を俺は引き寄せる。

やれよ、やりたいんだろう?

俺に覆いかぶさり、俺の口に吸い付いた女の真っ赤な唇から糸がひいていく。
一重の大きな目が俺を見据える。幾ばくもない躊躇いは慈悲のつもりか。

殺れよ、殺りたいんだろう?

首にさわさわと絡みつく黒髪の力が加速度あげて俺の命を嬲り出す。ほんの少し満足気に微笑んだ女のふたつの瞳がいくつも増えていくように思える。まあ、朧げな意識の中、それはただの幻想かもしれねえな。

だけどいい女だぜ。


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