転生

水の音がする。
どこからか水が流れる音が、水の流れる音がする。
私は目を醒まし耳をすましては、辺りを見回す。
どこもかしこも植物だらけ。パキア、ガジュマル、サンスベリア、極楽鳥花のストレリチア。水を滴らせるほどのたっぷりと水分を吸い込んだ葉の匂い。

のそりと起き上がった私は、緑がかかった苔でも生えたような大理石の上を歩き出す。目の前に広がる大広間。また帰ってきてしまったのね。ドレープが大きくかかったカーテンは、ノイバラ、スモークツリー、ヌルデが巻きついてて、迂闊には触れられない。かぶれないようにカーテンを潜る。
大広間の御影石の寝台には、この間、夢の中で痺れさせておいた男が全裸で横たわってる。私は両手を口元で合わせ、それは嬉しそうに微笑む。男は綺麗な顔を歪ませ、顎をかくかくと何度か動かすだけで声のひとつも発せない。よく効いてる。

男の枕元には、スキナーが転がってる。ハンドル材にはスカラベが彫られていて、瞳は水晶、血を浴びたらルビーになるのかしら。私は今日は血の匂いを嗅ぐ気分でないくせに、わざと動けない男にみえるように刃の裏表を眺めて、楽しそうな自分の顔を鏡のようにうつしてみたり、男の顔にあたるよう天窓から降り注ぐ光を集めて、左右に動く目の反応をみる。
でも、傷つけるのは嫌よ。私は息こそしてるものの、痺れて、こめかみにむかう一筋の涙さえ拭えない男の顔を眺める。
どこまでも緑に覆われた広間に、群生する百合、ちいさな鈴蘭、トリカブト、ベラドンナ、真っ白なダチュラ…
「みて、毒草だらけね、今日はあれにしましょう」横たわる男の耳元でそう低く囁くと、男は大きく息を吸い込む。
「今までたくさんの女を泣かせてきたんでしょ。」
にこにこ満面の笑みで男の頬を優しく何度もパンパン叩く。
「顔しかもってないくせに、お気の毒」男の唇がわなわなと震えだす。本当いいきみ。
何度か硬い頬を叩いているうちに、ふと私の手から糸がひいてることに気付く。赤い粘液、指先、いや…体全体を覆い尽くす赤い滴の線毛。髪の一本一本まで赤い滴でビッシリ。指先を丸めたり伸ばしたり、このねっとりとした感触を楽しむ。舌先で真っ赤な指先の滴を舐めてみる。ほんのり甘い。
どうりで恐怖で引きつる男の目が、まるでこの世の化け物をみるようだったのがわかったわ。
そう、私はモウセンゴケ。
捕らえて、いたぶって、溶かしてすべてを吸い尽くす。とうとう転生を果たした。
私は背後から力の入らない男を抱き起こし、真っ赤な線毛で覆われた乳房で男の顔を抱きしめる。これが本物の女の体よ。

首に巻きつく触手から伝わる、愛しき人の鼓動。苦しい?なんていい顔をするのよ。夜闇はこれから。
六時間かけてあなたの命をたっぷりと味わうわ。
もう、はなさない。


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