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—Transparent girl in blue—


❇︎Prologue❇︎

たなびく風に運ばれてゆく記憶の行先を、ぼくは知らない。けれど、この風はきっと誰かへと手向けられていて、紡がれ、結ばれる為に吹いている。そして、幾つもの月日を越えて、記憶のありかへと巡り着いたとき、ぼくたちはそれを、愛と呼ぶのだと思う。



01girl  『あめの温度』

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あめの足音をなぞるように泳ぐ魚たち。
窓辺から届く草花の匂いが、紫陽花の彩りをつくり、
やがて、水のなかへと沈みうつろっていく。

あめは、古い記憶を連れ立ってくる。

しとしと、しとしと、と

水中花がひらくように、記憶の香りで満たされてゆく部屋のなか。剥がれ落ちた鱗の欠片を、魚たちが物憂げに見つめるけれど、もうソレはもどらない、カケラ。

胸のおくでジンワリと感情がとけていく。

しとしと、 と 、。

こぼれ落ちた感情は、儚く、薄れてしまう。

けれど、きみがくれた温もりだけは、あめの訪れと共に何度も何度も、わたしの中を巡っていくのです。



02girl  『bitter』

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くちのなかに残る苦味が、夕焼けと重なる。

ボンヤリと浮かぶ記憶の輪郭。それが、吐き出す煙のように消えてしまいそうで、滲む。

点滅を繰り返しながら進む飛行機
光を産み出すビルのまなこ
四角い箱の中で営まれる幸福

現実は、どれも煙草と同じ味。
塩っぽさも、甘さもない、苦味。

水槽の中を漂う熱帯魚みたいに、限られた空間だけできみは生きている。きれいなままに、愛おしく。

蒸し暑い午後をひるがえしながら、トワイライトブルーに染まりゆく世界

部屋のなかへと吹き込む風が、冷ややかな憂いとなって肌を撫であげた。

鋭利な月に乗って、きみが生きていた日まで流されてしまいたい。塩っぽさも、甘さもあったあの過去へ。

非現実な願いだなんてわかってる。けれど、きみの居ない世界が、非現実なまま暮れていくんだ。



03girl 『まじりけのないブルー』

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まじりけのないブルーのあじがした。それはたぶん、せつなさを混ぜて出来ているから。しあわせだとか、ふしあわせであるものの、ぜんぶ、ではなくて、すこしだけ、おとなになるためのあじ。それを、浮遊する金魚がゆっくりとたべて、ゆらいで、月が、きのうを奪っていく。ちいさな幸運が、あしたを産むように、まじりけのないブルーが、わたしの中で溶けてなくなるような、そんな気がした。



04girl 『Transparent girl』

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きみが待ち合わせに来ないのは、きっと、このみずに含まれてしまったからなのだろう。だから、きみの声や、匂いや、温もりが、ぜんぶ、さかなになって、わたしを通りすぎて行ってしまう。

星乃団地前交差点。赤をしめす信号機。鳴らない電話が息になる。

空と海が、おなじ色であり続ける為に、まっすぐ見つめあうけれど、その距離が永遠、近づくことがないように、わたしたちもきっと、永遠、なのだとおもう。

だから、最後にひとつぶだけ、この涙がこのみずに含まれて、きみのただしさを忘れてしまうよりもまえに、
さよなら、という嘘で、きみがぜんぶ終わりますように。


05girl 『ツキノクジラ』

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月のクジラが降りてきた朝、世界は輝きを見せていた。

スイッチひとつで切り替わるように明暗をつくりだすそれは、掌に収まるくらいのちいさな真空の世界。

たったひとつの言葉に込められた想いも、願いも、理由も、朝焼けも、全部、閉じ込めてしまう。

ゆらゆらと泳ぐクジラの尾鰭おびれほだされてゆく大気の道筋。プランクトンたちの放つ光が、太陽の火にかき消されてしまうまでのあいだ、想いを繋ぎながら、引かれた線の軌道をたどる。本のページをめくるようにゆっくりと、確かめながら。

例えば、この真空世界が空気で満たされて、弾けとんだとしたら、きみはわたしを探しに銀河の果てまで旅に出るだろうか。

恍惚こうこつと染まる空のたもとで、わたしはポケットのなかにしまわれた、おおきなてのひらを握る。離さないでねとわたしは言う。

温かさに縁どられていくわたしの粒子を、きみはどれだけ受け止めてくれるのだろう。

わたしが、太陽の火にかきけされてしまったとしても、きみは、きみだけは、わたしの光を忘れないでいて。




END

*************************special thanks

 illustration by  wacca
https://wacca005.carrd.co




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