スリーフィンガー奏法(バンジョー)における故障しにくい右手フォームに関する解剖学的考察

※この文章は一個人の意見です。現状弾けている人がわざわざフォームを直すほどのものでもなく、なんだか納得できない、どうも弾きづらい、という人の足掛かりになればと思って執筆しました。

諸言

主にブルーグラスやカントリーで用いられる五弦バンジョーの右手は、フィンガーピックを付けた状態で親指と人差し指と中指を交互に弦を弾く奏法(スリーフィンガー奏法)が特徴的である。高速にロール(アルペジオ)を奏でられる一方で、腱鞘炎やジストニアの悩みも多い[筆者の所感による:要出典]。

「音楽家の身体症状とその対処法」[1]によれば、音楽家において手指の故障は全身の中で16%に及ぶ。特に、バイオリンなどの弦楽器奏者に多いことからも、同様に複雑な指の動きを要するバンジョー演奏の右手において手指を故障する可能性があることは容易に類推できる。

このように、楽器演奏は関節の故障と隣り合わせにある。一方、ネット上で得られる多くのホームページやYoutubeの教則は、音質やプレイアビリティに焦点を当てたものがフォームの参考として多い。こういった故障リスクを考慮しているものは、はじめからその意図があって探さなければヒットしにくいだろう。

本ページでは、上述の故障リスクを下げ、音楽家としてのキャリアをより長くすることを目的に、解剖学を交えて最も効率的で理想的なバンジョー演奏における右手フォームを考察する。

理想的な関節運動

「手指関節のバイオメカニクス」[2]によれば、人差し指におけるKey JointはMP関節であると述べられており、MP関節の高い自由度が複雑な手の動きを実現している。一方PIP関節とDIP関節は屈伸運動のみ可能な関節である。

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「指の機能」[3]でも、指のメカニズムにおいてMP関節が動作起点となり、IP関節の重要度は低いと条件付で結論付けられている。

以上から、指の動作においてMP関節を中心に動かすことがある種自然な動きと言える。(余談だがロボットマニピュレーターも根元関節から位置を決める)

加えて、IP関節屈曲運動には深指屈筋と浅指屈筋が主に関与していることに対して、MP関節屈曲運動には虫様筋が関与している。代表的な指の炎症の一つであるバネ指は、深指屈筋と浅指屈筋が原因とされている[4]。MP関節を曲げた状態でIP関節を動作させることで発症すると述べられていることからも、反復運動においてIP関節を多用することは指の故障リスクを上げると考えられ、楽器演奏におけるMP関節の重要性を支持している。

手の筋肉

一方、MP関節を伸ばした状態でIP関節を用いたピッキングはバネ指のリスクを下げるが、前述のとおりMP関節を一切使わない運動は自然とは言い難く、腕全体の筋肉を不要に緊張させることからも速弾きを困難にし、適切な奏法とは言い難い。

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以上から、MP関節を屈伸することにより弦を弾くことが解剖学の視点からは最も自然な動きであり、負担が少ない理想的な動きであると言える。

MP関節を効率的に使う右手形状の考察

ピックを付けた状態でMP関節を効率的に使ってピッキングをする右手の理想的なフォームを考察する。

まず、直観的に弦を弾こうとしたとき、指先がヘッドの法線方向に平行な場合が多いと考えられる。しかしこのフォームはピック装着状態でのピッキングを考えると必然的にPIP関節への依存度が高くなりかねない。

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したがって、最もMP関節を有効にピッキングする方法は下の図のように指全体をかぎ爪状に丸めたフォームである。このフォームではむしろPIP関節を固定しなければ満足に弦を弾くことができない。

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これに付随して薬指と小指に関しても、人差指と中指の動きを最大限脱力して行えるようなフォームが理想的である。
つまり、四本の指が独立に動かせない場合は小指と薬指も同様に屈曲すべきである。

手の形に合わせたピック角の調整

上の理想的なフォームで効率的に弦を弾けるピック形状を考察する。まず、前提として一意な理想形状というものは存在しない。なぜなら、手の形、指の長さは千差万別であり、理想的な右手形状でバンジョーヘッド上に右手首を設置した時の指先の角度は人によって異なるからである。したがって、実際に自分の手の形に合わせた角度の調整法が重要となる。ここで、実際にピックの角度を決定する前に、理想的な弦とピックの接触角を考察する。

(i)ピックとヘッド面のなす角が鈍角である場合
ピックの動作に対して弦は指先方向の力が働く。関節への負荷は小さいが、そもそも弦を引っ掛けることが困難なため音量が期待できない。

(ii)ピックとヘッド面のなす角が直角か僅かに鈍角である場合
ピックの動作に対して弦はピック上で不安定な釣り合い状態になる。MP関節を屈曲しながらわずかにPIP関節をわずかに弛緩することでリリースすることができる。

(iii)ピックとヘッド面のなす角が鋭角である場合
ピックの動作に対して弦はDIP関節方向の力が働く。したがって安定な釣り合い状態になり、弦を指先からリリースするためにはIP関節を深く曲げる必要があり、音量が大きい反面関節への負担が大きい。

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以上(i)(ii)(iii)より音量の大きさと関節への負担はトレードオフと言えるが、総合的に考えて(ii)の条件が適切だと考えられる。これを踏まえたピック角度の調整方法としては、理想的な右手形状で弦にピックを当てた時のピックとヘッド面法線のなす角が直角かやや鈍角に調整することが望ましいだろう。

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まとめ

このページは、解剖学から見た最も無理のない自然なバンジョー奏法を考察した。その結果、各関節を脱力した状態で指先をかぎ爪状にしてMP関節を支配的に動かすことが効果的である仮説が示唆された。また、それに合わせてピック形状は、弦との接触が直角か、やや鈍角程度に人差し指と中指でそれぞれ適切に調節することが望ましい。

隙あらば自分語り

筆者はバンジョーを我流で弾き始めた。このような関節への負担を考慮せずに右手を酷使した結果、ある日全く人差し指が動かなくなってしまった。具体的にはロール中に屈曲した人差し指が開かなくなり、bpm100でフォワードロールを弾くことすら満足にできない時期があった。何か病気かと整体に足を運んで無駄な時間と金を費やしたこともあったが、こういったことを考えて抜本的にフォームを見直すことで今では徐々に弾けるようになってきている。同じような悩みを持つ人々にこの記事が届いて、自分なりにフォームの見直すきっかけに繋がればと願う。

文献

[1]https://www.jstage.jst.go.jp/article/rika/21/4/21_4_447/_pdf
[2]https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjrmc/53/10/53_765/_pdf
[3]https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjspe1933/40/468/40_468_18/_pdf
[4]http://www.yumoto-ortho.jp/intrinsics-extrinsics.html

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