三国漢麗劇団物語(BL小説)第16話



 十六

 護ろう。この人を護るんだ。 
孤児院で寄り添うように生きてきた劉備と関羽、張飛。三人は、義兄弟の契りを交わし、共に生きていこうと決めた。この世で最も栄誉なことである三国漢麗劇団に入団することを夢見て、そして見事に夢を叶えた。しかし、今から八年前に先代の会長が亡くなって全ては変わった。 そう。『姫』というものが作られたのだ。
 運命は狂わされた。
 劉備は公孫瓚のために努力して姫になった。どんな想いで彼が姫になったのか全てを知っていた関羽と張飛は、彼を護ろうと決意した。命も、貞操も、その地位さえも。全ては、劉備と共に生きるため。劉備を護ろうという、それだけのために。
 三人は、常に一緒だった。
 
真っ白な天井をぼんやりと視界に捉えてからハッと上半身を起こしたのは、曹操だ。しかしすぐに体中の気だるさに気付いて頭を押さえた。
「お、曹操起きたか?」
「・・・・・・張飛」
 曹操が視線を動かすと、張飛とその隣に関羽がパイプ椅子に座っているのを捉える。そして、その前にはベッドに横になったままの姜維の姿。場所は眠らされる前と変わっていなかった。姜維の病室だ。
「・・・・・・今、何時だ?」
「朝の五時だよ」
「劉備は!?」
 部屋にあったソファに寝かされていた曹操がフラツきながら立ち上がる。
「・・・・・・連れて行かれたよ」
 張飛が答える。すると。
「・・・貴様ら、何をしているんだ!」
 曹操が怒声を上げた。
「な、なんだよ」 
たじろぐ張飛。
「こんなところで呑気に何をしているのかと言ってるんだ!」
「それは・・・・・・」 
張飛が口ごもる。
「どうすればいいというのだ、曹操。我らに何ができるのだ!」 
ガタンとパイプ椅子を倒しながら関羽が立ち上がった。そんな関羽にズカズカと歩み寄り、曹操は彼の胸ぐらを掴んだ。
「助けるに決まってるだろう!なぜそれができないんだ!腰抜け共が!」
「なっ!」
「貴様らは処分が怖いから劉備を犠牲にするのか!劉備だけに全てを背負わせるのか!それでいいのか!!」 
曹操はよろめく足をなんとか支えて関羽を責めた。しかし関羽も負けじと押し返す。
「お前に何がわかるんだ!劉備様はそんなこと望んでいない!望んでいないはずだ!」
「ふざけるな!!」
 曹操が拳を振り上げた。その拳を掴んで止める張飛。
「やめろよ!」
「うるさい腰抜けが!」
 曹操は掴まれた張飛の手を振り払ってもう一度拳を作った。 
「そんなにこの劇団にいることが大事か!そんなにここにいたいのか!」
「いてぇよ!悪りぃかよ!俺たちは兄貴・・・・・・劉備様から離れるわけにはいかねぇんだよ!」
「張飛の言うとおりだ。我らは劉備様がどんな想いで姫になったのか知っている。姫であることが、劉備様のためなん──」 
ドガッ!
曹操の拳がとうとう関羽の顔面を殴り飛ばした。
「馬鹿なのか貴様らは!だったら!」
「だったら何だよ!」
 倒れた関羽に代わり張飛が噛み付く。そんな張飛を曹操は睨み付けた。
「俺が劉備を救う!」
「・・・・・・曹操・・・アンタ、劇団を辞めるつもりかよ」
「そうだ」
「ば、馬鹿なんじゃねーの?魏組トップをそんな簡単に捨てるのかよ」
「そんなものくれてやる。俺は、劉備を・・・・・・!」
 それ以上は思いとどまって言わなかった。しかし、曹操はきっと思っていただろう。 
劉備のことを愛しているのだと。
 すると、関羽がゆっくりと立ち上がった。
「そもそも、どうやって劉備様を助けるのだ。熱意だけでどうにかなるものじゃない。この劇団の根本的なものを変えなければ無理だろう」
「・・・・・・・・・っ!」 
関羽の冷静な言葉に言葉を詰まらせる曹操。
 そうだ。この劇団が生きがいの劉備、劉備に固執する劉協、そこは揺るがないだろう。劉備を逃がそうにも劉協、幹部たち、果ては世界を敵に回すかもしれない。死ぬまで逃げるのか。そんな心休まる時のない状況のほうこそ今よりきっともっと辛い。護りきる自信は、曹操にはある。あるが、正直自信だけだ。自信だけで何とかなるものならば。しかしそんなに世の中甘くはないのは予測がつく。
 根本的なものを変えなければ、真の幸せなど訪れない。どうすれば、どうすればいい?どうすれば、劉備を助けられる?曹操の頭の中で自問自答が繰り返される。 
そのときだった。 
静かな空間にカタンと、音がした。張飛が何気なく音のしたほうを振り向く。そこには姜維の姿。
「姜維?」
 寝ているものと思っていた姜維が体を起こそうとしていたのだ。慌てて張飛は姜維を押さえつけた。
「何してんだ、寝てろよ!」 
その張飛の腕を姜維は弱い力で掴んだ。
「?・・・・・・なんだ?」
 姜維が透明の酸素マスクの中で口をパクパクと動かしている。しかし、声は全く出ておらず何を言いたいのかわからない。
 すると関羽が持っていたペンとメモ帳を姜維に持たせた。姜維は震える手でゆっくりゆっくり文字を書く。そして、何かを書き終えて力尽きたようにペンとメモ帳を落とした。それを張飛が拾った。三人がメモ帳に書かれた文字に注目した。
「クー・・・・・・ダケ?」
「違う。これは・・・・・・」
 そのグニャグニャの文字を何とか解読しようとして、考え込む張飛と曹操。すると真っ先に関羽が答えを悟った。
「クーデター・・・ではないか?」
 ハッとする他二人。そして視線を姜維に走らせた。
「クーデターを起こせと?」 
関羽がもう一度言うと、姜維は微かに頷いた。
「クーデター・・・・・・?」 
 曹操は思いも寄らない案に考え込んだ。
「この劇団に喧嘩売るのかよ」 
不安を露わにした張飛をギロッと睨んでから、
「だが、もうそれしか方法はない・・・・・・そうだろう?」
 曹操が言うと、関羽も思わず頷いたのだった。
※※※
 真新しいシーツの匂いが鼻を掠めた。いつもの部屋ではない。そう、いつもの白い布がたくさんぶら下がったあの見慣れた部屋ではない。しかし、闇の中から目覚めてもあまり風景は変わらなかった。たくさんの蝋燭の灯りが部屋を微かに照らしている。そして、目の前には、少年・・・いや少年のような顔の劉協。
「劉協様」 
劉備は落ち着いていた。いや、まだ催眠剤が効いているのかどうにも頭がぼうっとしているだけなのかもしれない。体を起こそうとしたが頭の上で両腕が重ねて縛られているのに気づいた。
「ダメじゃないか」 
すると目の前の劉協がケラケラ笑う。
「姫はお前だけなんだよ劉備?嗚呼、綺麗だなぁお前は」
 劉協の指が劉備の頬をなぞる。
「俺のひぃーめぇー」
 言いながら寝かせた劉備の唇をペロリと舌で舐めた。そして手が頬から首、鎖骨、胸までなぞっていく。そこで初めて自分が裸であることに気付く劉備。足だけに布が被っていた。
「劉備ぃ、劉備劉備劉備劉備ぃ」 
胸にある古い傷痕を爪でガリガリと引っ掻かれる。昔劉協が付けたであろうその傷痕。劉備の上半身には姫であった七年の間に受けた虐待の痕が生々しく残っていた。
「劉備劉備劉備・・・」
「劉協様・・・」 
劉協の狂喜に満ちた姿に劉備はひどく落ち着いたままで。
「劉協様」
「劉備ぃ」
「・・・・・・劉協様、私を殺して下さい」
「劉備ぃ」
「私を殺して下さい」
 何度も死を懇願する劉備に、表情一つ変えない劉協。しかし、しばらくしてから大きくニヤリと不敵に笑った。
「まぁた、そんなこと言う。き・き・あ・き・た!」
「殺して下さい」
「聞き飽きたって言ってるだろうが!」 
笑顔だった表情を急に不機嫌に変化させて、劉協はぱん!と劉備の頬を叩いた。しかし、すぐに目を丸くして。
「ごめんよぉ!綺麗な顔なのに!ごめんよぉ!!」 愛おしそうに撫でる。
「でも、そういうところがいいんだよ。命乞いする馬鹿共と違って、死を望むお前はやっぱり俺の姫だ。劉備ぃ」
「・・・・・・殺して下さい」
「いいよぉ。そこがいい!ゾクゾクする。最初の姫とあの姜維とかいう姫は死にたくないからってすぐ気持ち悪く笑いやがって。って、アイツらは姫じゃなかったなぁ。そうだよ。あー、お前だけだ。姫はお前だけだ!お前はそうやって媚びたりしない!気高くて綺麗だよ劉備ぃ!」 
ケラケラと高笑う劉協の狂喜に、劉備はただただ物悲しくてたまらなかった。
 この人から逃れる方法がわからない。死ぬことさえも許されないのか。
 ──頼むから、死ぬとか言わないでくれ。
「・・・・・・・・・!」 
 ──お前を失いたくない。 
劉備の中であの男の声が響いた。あの男・・・曹操の、声。
「曹操・・・・・・」
 けたたましく高笑っている劉協には聞こえないほどの声量で劉備は言った。
「・・・・・・助けて、曹操」

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