”曲からインスパイアーした文章シリーズ~その5~”

「湖」

無二の友人と共に湖の畔に佇む。
周囲の人間から偽物呼ばわりをされて、意気消沈していた頃に声を掛けられてその流れで訪れた。見えない恐怖に支配されてた俺に対しても、いつもと変わらずに接してくれている。

彼は常にフラットな状態で周囲と接する人間だ。今は自分の事も信じ切れずに、鬱々としていた俺の事を気にしている様子だった。彼は俺に対して「何だか思いつめているみたいだけど、何かあったのか?」と問われた。

 俺は “周囲から批判・非難をされて、人と会う事に恐怖を感じている” 旨を話した。彼は「そうか」と返事をした後に「そうやって強がっているのは辛いんじゃないのか?」と続けた。

昔の出来事は何故か美しく見えてしまうものだ。俺は先程の親友の問いを反芻した。

今まで隠し通してきたもの、その “弱さ” に人生のどれくらいの時間を縛られて来たのだろうか。しばらく逡巡したまま “いつまでもそれに引きずられたまま生きていくのか?” との問いが頭を過ぎる。

逆に弱みなんて、“相手に掴ませるくらいでいいではないか” と思い至った。それまでの俺は “弱み” を無かった事にして、上辺は見て見ぬフリを決め込み強くあり続けようとしていた。だがもうそんな “過去の呪縛は断ち切る” と自らの意志で決めたのだ。

過ぎ去りし日々の事は、指からすり抜けるかの如く早い。

親友は男の顔を見て “いつもの自信に満ちた表情” に戻ったのを確認し微笑を見せた。

二人はこの瞬間から更なる絆を深めていた。

波もなく穏やかな様子の湖を眺めながら、ゆったりと時間は流れていった。己の強さに付随する弱ささえも受け入れた瞬間、自分の心が湖の透き通った水に浸った様な感覚だった。

もうあの頃には戻らない。そして今までの自分は、眼の届かぬ所まで去っていく。

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