新しい光

“曲からインスパイアーした文章シリーズ~その8~”

「新しい光」

おれは相手から向けられた愛を、素直に受け入れる事が出来ないようでいつも屈折した表現しか返していなかった。どうしてもその関係性を壊す行動しか出来ない、その代わりに身体が痛み出す様になっていった。刃物で切られたかの如く傷が付き、そこから血が出てきている。

今まさに、目の前の女に向かってそれをしていたのだ。その様子はまるで息を吸うかの如く無意識に行っている。

「ああ、またしても人の心を踏みにじってしまった」

と嘆く間もなく、男の腕に付いた傷口から血がとめどなく流れ出てくる。夥しい量の血が流れ出るのを目の当たりにした男は、‟それでもおれは生きているのか?いや、生かされている…” と直感的に知った。

光の射す方向とは別のところ、暗闇に包まれた方の奥から微かに人の声が聞こえていた筈だったが、その声がいつの間にか途絶えていた事に気付いた。


闇に包まれた空間の中で姿は見えないものの、まだその声の主はその場にいると直感した。その瞬間、人が渦に飲まれている姿が見えた。

人が飲まれている方へと、出来る限り手を伸ばしていた。おれは咄嗟に ‟このまま放っておく訳にはいかない” と感じて行動していたのだ。手を出している時には気付かなかったが、渦に飲まれていたのは、先程まで目の前にいた女だった。

“このまま、闇の中へと葬り去られるのはゴメンだ!だが、一体どうしたらいいのか…” と心の中では困惑をしながらも、何とかして助けようと腕を目一杯伸ばした。

“あの太陽の光の元へ彼女と共に行く!” と決めて、渦の中心で踠いている女性に向けて声を掛ける。

それまで人を愛する事に消極的な男が出した決意である。‟人から与えられた物を素直に受け取らずに、見て見ぬふりをする事を止める” と言う決断を自らに出したのだ。

やっとの思いで彼女の手を取った男は、力の限りを込めて引き上げた。渦に飲まれた女性もまた、必死の思いで男の手を取っていた。共に生きることを諦めない意志を以て引き上げ、女性を渦の中から救い出した。

眩い光の下で行き切る、と言う強い意志が二人を生かした。

薄暗い闇の中にある渦の恐怖から抜け出した男女は、互いの名を呼び合うだけで、もはやそれ以上の言葉は要らなかった。

そしていつしか、漆黒の闇に包まれて暗かった彼らの下に、新たな光が差し込んできた。







 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?