エレヴェーターに乗って

“曲からインスパイアーした文章シリーズ~その3~”

「エレヴェーターに乗って」

時は203X年。
都会の超高層ビルの中にあるオフィスに向かう男は、神妙な面持ちとは裏腹に颯爽とした足取りで歩を進めた。

人生を一続きの階段と考えた途端、あまりの途方もない距離に目が眩みそうになる。いつの頃からか、ふとした瞬間に階段の近くまで行く時に、いつもその上を見上げると溜息をついている自分がいた。
そして呼吸をするかの如く “面倒くさいな…” と感じていた。

この日社長として就任した男はこのビルで、かねてより暖めていた計画を実行すると決めていた。 それは “天国の近くまで行く” と言う計画だ。

彼にとっては “仕事でプロジェクトを成功させる” 事や “経営者として生きる” よりもそちらの方が、何よりも重要なファクターである事は誰一人として知る由はなかった。そんなものはただの通過点に過ぎない。

エレベーターに乗り込み、エレベーターガールに最上階までと告げる。

何故かこの職場では不思議な事にエレベーターガールを置いていた。”昔の百貨店じゃあるまいし” との言葉も外部の人間から出ている、だが生身の人間のそれではなく人間の女性の姿形をしたAIだ。

エレベーターガールに案内され、金属製の四角い箱へと入る。

男は共に乗り込んだエレベーターガールにこう問い掛けた。

「最上階から更に上に行く事は出来るのか?」
と、だがエレベーターガールからの返答はなかった。

最上階へ向かうまでの間、男は今に至るまでの自分自身の事を振り返っていた。

“私が何故このビルにオフィスを構えたこの会社のトップに登り詰めたか…それはこの野望の為だ。
よってそれ以外の理由はあり得ない。そうでなければこの会社を継ぐ選択など出て来る事はなかっただろう。
勿論親の力など関係ない、僕は自分の実力で掴み取ったのだ。”


エレベーターの中にいた男の身に、突如異変が起きた。いきなり何の前触れもないまま、身体に雷が落ちたかの様な感覚を覚えた。

突然の雷撃の直後、男は恐怖とは別の感情に取り憑かれた。

“このままでは最上階の更に上へ…天国に限りなく近い場所まで辿り着けない”

次第に焦燥を覚えた男はエレベーターガールに向けてこう言った。

「何故行けないんだ……答えろ!!!」男は血相を変えて、エレベーターガールに詰め寄った。だが依然として目の前の人工知能を搭載したAIに、その言葉が届く事はなかった。

“まるで生きた心地がしない…” 男は今自分が、生きているのか死んでいるのかさえも、分からなくなっている程に混乱していた。

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