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一週と言わず二月、いや半年ぐらい休みたい(2020/04 月報)

 どうも。特段強烈に何か大変なことがあったというわけでもないんですが、他方でなにか苦労が報われたとか明るい物事があるわけでもなく、とにかく万事に疲れて好転する余地もない、という感覚のまま生き続けている感があります。タイトルの通り、今はただただ何も心配せず義務もなく、じっくり休むだけの期間がほしい。何日後には仕事なんだよなとか考えることもなく……

 感想関連以外で書くような話が思いつかない感じの擦り切れ感なので、いつもどおり4月に触ったコンテンツの感想を以下ダラダラと。心境とは裏腹にというべきか、4月に触ったコンテンツについてはちゃんとした文章として整形しておきたいものが多かったので、箇条書きフォーマットではなく文章として書いています。結果文字数は膨らみましたが……

ゲーム

モンスターハンター ライズ

 発売直後に買ったんですが「ワールド/IB」に比べるとあんまり遊んでいません。全体として各種システムをさらに緩めにファジーに倒しつつ、マルチでガンガンワイワイ盛り上がろう! の方向性でシステムが拡充されているように感じる(これはSwitchの特性と無関係ではないだろうと思う)んですが、根本的に「知らない他人とワイワイモンハンマルチ!」というものにあんまり魅力を感じていないんだな……と認識させられました。今後も友人に誘われた時にちょろちょろ遊ぶ、ぐらいのトーンになりそう。

 まあもちろんワールドも一部エンドコンテンツ寄りのところには集会所単位での協力とか4人前提みたいなのが存在していましたが、思い出してみれば当時もそういうのほぼ触らずにひとりで狩猟生活していたなと……。
 1対1でモンスターのモーションと真っ向から向き合って一撃一撃を捌き、攻撃モーションの所要時間を見極めつつ反撃して……という駆け引きを磨き上げていく楽しさがモンハンの本質だと思っていたので、体力ミリで気絶した時にタゲが他プレイヤーに行ったり、転倒隙を4人で囲ってゴリゴリ殴りまくったりしてるとなにかズルしているような気持ちになって萎えてくるんですよね。そう言う割にオトモは連れていっちゃいますけど……。

 そこに加えて、本作の目玉要素であるところの百龍夜行は上記「本質」の駆け引きをかなりオミットした感じの内容なので、なにか自分の楽しさを否定されたように感じて勝手にダメージ受けてる節があるのかな……と書いていて思いました。これは典型的な厄介自称ファンの被害妄想だなあ。

ウイニングポスト9 2021

 ウマ娘以降の自分内競馬ブームに乗じて買っちゃいました。もともとVTuberの方の「8」の実況配信とかは見ていたことがあって、その時点で既に自分の好みにかなり合うゲームだなあ……とは思いつつも、「でもそこまで競馬詳しくもないし、ゲームのために覚えようってほど強い興味があるわけでもないからなあ……」と見送ってきたわけですが、ウマ娘のおかげでプレイを保留する理由が全部吹っ飛んでしまった。案の定ハマって相当な時間を吸われています。

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 遊んでいて思うのは、少なくとも過去の時代期間を遊んでいる限りにおいて、本作で得られる面白さと感動は疑いなく「歴史シミュレーションゲーム」としてのそれなんですよね。
「ウチの今年の2歳馬は結構走るぞ! 2歳王者からそのままクラシックまで狙えるかも!」と思って出走登録した年末の2歳GⅠ、出走馬に「アグネスタキオン・クロフネ・ジャングルポケット」と並んでいるのを目にした瞬間の「そうか、今年はこの年だ……!」という恐れと興奮は、まさに未来人だけに許された感覚。

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 例えるならドイツプレイヤーとして迎える1944年のノルマンディー、例えるなら反董卓連合の側として参加する虎牢関(「演義」が歴史かどうかみたいな話は置いておくとして)。
 「後に起こることを知った上でその場に当事者として参加、歴史に挑戦する」というのはまさに「歴史題材ゲーム」ならではの体験。史実通りの決着に屈するもよし、史実の結果を変えるもよし、どちらに転んでも面白くないわけがない。

 本作の特徴的な要素として、史実の馬を所有することによって故障・病死などを回避させ、繁殖入り後もゲーム内上限年齢まで生かすことができる、というものがあります。史実において早世してしまった競争馬・繁殖馬を生存させる……だけにとどまらず、その血を長く子孫へと繋いでいくことが出来る、というのがたまらない。
 かつてのライバル同士の配合や、ライバルの子同士の戦い。はたまた史実で絶えてしまう血統の存続成るか……といったロマン。こうしたロングタームな楽しみは競馬ゲームならではといったところで、遊んでいるだけでドラマが生まれていく優れた構造のゲームだと言えるでしょう。

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 ただし、ゲームとしては不満も多く、なんといってもUI関連がとにかく不便。各ハード向けの操作とPC向けの操作を両立しないといけない……という事情はあるにせよ、それにしても……という印象。
  大量のデータを参照しながら進めていくことが必須となるゲームであるだけに、「この画面でこの情報も見たいのに!」「ここから直接この馬の情報に遷移できたら楽なのに!」みたいなものに突き当たることが多く、もうちょっとどうにかならんかとは思ってしまいます。

 また、プレイ時間を大きく左右する各種委任機能も、全体的にかなり融通がきかず、適当に任せておくと無茶をやり始めることが多くて全く頼りにならない。自分の馬に可能な限り良い成績を残させたい……と思えば、逐一自前で確認・指示を行うことが必要となってきます。
 この結果所有する馬の数が増えれば増えるほど指数関数的に管理に手間がかかることになり、ゲームを進めるほど手元にいい馬が増えて盛り上がってくる所なのに、プレイ自体はどんどん面倒で退屈になっていく……という負のサイクルがあるように感じます。

 その他、プレイを進める上でのテクニックや基礎知識についても全体的な情報量が不足気味だったり、記載されていたとしてもアクセス性が悪く、実質的に外部の解説や攻略などを参照するのがほぼ必須になっている印象。グラフィックや演出など外観的な面でも、仮にもコーエーテクモクラスの会社が作ってるゲームなんだから……と思うような部分も多々あります。

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 ありますが、そういう諸々を差し引いた上でも、いわゆる「競馬のドラマ」「血統のドラマ」を追体験できるという一点においては間違いなくよいゲーム。毎年毎年自分の牧場でどんな馬が生まれるかと一喜一憂し、その馬が史実の名馬を相手に回してどこまで走れるか、繁殖入り後の産駒たちはどうなるか……というのを眺めているだけでもう面白い。

 私のプレイの世界線では無事に種牡馬入りを迎えたサイレンススズカが見事に牝馬三冠馬を生み出し、群雄割拠を極めるサンデーサイレンス後継種牡馬争いで一定の存在感を放ち始めた所。
 サイレンススズカ系の活躍もさることながら、自分の牧場で生み出した非史実のオリジナル馬たちや、初期にいくつものGⅠ勝ちと賞金を掴み取り、引退後も種牡馬として細々と頑張っているマイシンザンとナイスネイチャが亜流血統としてそれぞれ後継種牡馬を残せるか……という小さな戦いもあり。
 ゲーム内で一区切りとされているのがプレイ開始から30年という単位のようなので、とりあえずそのあたりまでは進めて見届けていくつもりです。

ウマ娘

 引き続きプレイは続けていますが、リリース直後に比べるとかなりペースは落ち着いてきています。現状で所持している育成ウマ娘に関しては全員URA優勝まで達成できたので、当面目指す目標が特になくなった……というのが主因。もちろん「チームレースに勝てる育成」とか「強因子厳選」とか「やること」自体は存在しているんですけどね。

 一月以上遊んできての感覚として、育成時のセオリーや方針が一通り頭に入って身についた状態で、手持ちのサポートの面子も凸状況などからある程度絞られて……という状況になると、プレイ自体があんまり代わり映えしなくなってくるところがあるなと感じます。
 育成前のサポートと継承の編成を決めた時点で、目標とするスキル構成や戦術・距離、おおよそ期待できるステータス……までがある程度定まって、後はトレーニング配置やイベントの引きなどのランダム要素がどう転ぶか、だけになってしまう。
 こうなると育成のプレイ中に試行錯誤や複雑な判断が挟まる余地はなくて、「育成中の無駄やミスを可能な限り削った上で、各種ランダム要素が全て期待通りに上振れる周をひたすら待つ」という形になる。これは正直あんまり面白くない。

 「シナリオ上のクリア」だけを目指してのプレイであれば多少のバッドイベントや想定外の継承内容なども楽しく受け取れていましたが、本作の育成システムにおいてはクリア後に「チームレースでの性能」「因子」という明確な「評価」が存在してしまう。
 結果として、無事にURAの決勝までクリアしてシナリオでは大団円の締めが展開されているにもかかわらず、プレイヤー自身が「今回も色々あったけどクリアできた、よかった~」という素朴な感覚で終われず、「今回は期待外れな育成結果になったなあ……」と盛り下がってしまうことが頻繁にある。こんなことなら性能とか因子とか気にしたくはなかった……!

 ただ、現実問題として「クリア自体の嬉しさ」という報酬はどうしても目減りしてしまう性質があるものなので、クリア後の特典として「レース性能」や「因子」といった報酬を置いているのは間違いなく優れたデザイン。少なくとも「長期的にプレイヤーを掴んでプレイさせ続ける」ことを第一義とする運営型ゲームのシステムとしては明確に正解と言えるでしょう。

 ただ、自分がプレイ当初に感じていた、いわゆる(広義の)ローグライク/ライト的な「プレイごとにブレるランダム要素の一つ一つを見極めて上手くシナジーを見出して組み合わせて、そこから勝ち筋を作り出せるか……という決断と試行錯誤の楽しみ」みたいなものが実はあんまり存在せず(というよりシステム面の情報が少なかった時代の手探り感からくる誤認で)、ランダム要素の殆どがシンプルに「期待値に対する上振れか下振れか」になってしまっている節があるがちょっと惜しいかなと。
 もちろん「あくまで育成ゲームなんだからそこまでガンガンにブレられたら全然思ったとおりに育てられないじゃないか」「ソシャゲシステムの周回と食い合わせが悪いじゃないか」という側面もあろうとは思うので、これは良し悪しではなく純粋に好みの問題。あくまでウマ娘はこういうゲームである、という話なんですけどね。

R-TYPE FINAL2

 俗に「横STG御三家」と呼ばれるうちの一柱「R-TYPE」、そのシリーズ復活作にあたります。
 いちおうSTGファンの端くれとしてKickstarterでのプロジェクト開始時にパッケージ版分の金額は投入していましたが、グランゼーラ社の近作評判とか、支援者向けのプロジェクト状況報告の絶望的なまでの少なさなどから、正直出来には……というより完成自体に期待していなかった部分があるので、無事発売されて家に届いたというだけで概ね満足している面があります。

 ゲーム的には大変保守的というか、良くも悪くもR-TYPE、良くも悪くも昔ながらのSTGという感じの内容。
 全体的に攻撃前の予告が少なく、敵弾ごとのフォースによる打ち消しの可否もわかりづらく、ステージギミック面も半ば理不尽な初見殺し・覚えゲー的性質の強いものが多いなど、今時ちょっとこれは……と思いますが、まあR自体、横STG自体が従来からそういう性質を持ったゲームではあるんですよね。

 その他色々理不尽や不親切な要素は数多くありますが、まあRって/昔ながらのSTGって「まあこんなもん」だよな……と思えてしまう側面がある。
 とはいえUI関連・ロード時間やフレームレートなど基本的な部分に一定の問題を抱えていたり、未完成に近い要素があったり、その割にゲームプレイに直結しない悪ノリ要素がやたら充実している……みたいなアンバランスさに関しては正直さすがに思うところはありますが。もっとも悪ノリ要素を削ってたところで、そのあたりを改善できるというもんではないでしょうけれど。

 とはいえ、低かった期待値からすればそれなりに遊べるゲームが出てきたな、とは思います。その上で言うならば、他人に、特に非R-TYPEファンにはおすすめできません、といったところでしょうか。
 まあ本作に関しては出発点からして「今この時代に新しいSTGを作ろう」ではなく「R-TYPE FINAL2を作ろう」というものであって、支援者はそれにお金を払ったわけなので。そういう意味においてはまさに目標を達成している感のあるゲームだと言えます。
 なにか新しい所を目指して開拓しようというチャレンジではなく、そこそこ遊べてゴージャスなファンアイテム、みたいな位置づけで受け取るべきものなのかなと。

マンガ

馬なり1ハロン劇場

 ウマ娘リリース前後ぐらいのタイミングに単行本のKindle版がセールになっていて、競馬ファン界隈では結構名前を聞くタイトルだというのもあり、史実の競馬史を理解する助けになるかなあとまとめ買い。流石に量があるだけに時間がかかりましたが、単行本範囲(~19年)に関しては読み切りました。

 マンガとしてキャラ付けの具合や掛け合い、ギャグ回とそこそこ真面目な回の配分など全体的なバランスが良く、量の割にはかなりサクサク読めて楽しめるもの。
 何と言っても連載形式でずっとリアルタイムの競馬を題材に書かれつづけてきたものである、というのが貴重かつ面白いところで、90年代以降の日本競馬、ところによっては現代社会の出来事に関するエッセイ的に読める部分もあり、楽しく興味深く読み切ることが出来ました。

 競馬漫画という本筋からは離れた楽しみになりますが、要所要所で挟まる競馬以外の一般パロディはまさに連載当時の時代の反映で実に興味深い。特にライスシャワーが米の不作関連の話をしている回を読んだときには「平成米騒動ネタは昔読んだ『こち亀』でもあった! 同じ年の話だこれ!」と横軸の繋がりに衝撃を受けました。そう見るとこち亀の競馬ネタも競馬ブームを反映して増減しているのかなあ。
 以降時代が進むほど自分の記憶にも存在するネタが増えてくるのが実感でき、「現実を舞台/題材にした長期連載作品」ならではの面白みが感じられて実に面白かった。

 そしてなんといっても本筋となる競馬について。今インターネットでかつての名馬を調べたときに出てくる記事は概ね引退後に評価が定まった後の視点で書かれているものが多くなるわけですが、この漫画はそれぞれの馬が将来どう活躍するかなんて予想もつかない中で書かれているんですよね。
 それぞれの馬が当初どう見られていたか、レースを重ねていく中でどのように評価が移り変わり受け止められていったのか、漫画的にはどうキャラ付けされていったか。マンガという媒体上かなりの脚色や偏りはあるとは思いますが、それでも「生の過程」の一端を楽しめるというのはすばらしい。

 また、一部「ウマ娘」にも登場しているような名馬に関しては、それぞれの作品でどういう部分に着目してどうキャラ付けが行われているか……といった視点で見てみるとまた違った見え方があり、大変興味深く読み取れました。
 悲運の名馬が悲運に倒れることは後の時代の人間しか知らないんだもんなあとか、こっちの馬を馬主的に出せなくてこっちとの関係性をピックアップした形になったのかなとか、色々感じられるものがありますね。
 
 その他、時系列的に競馬関連で起こったイベントや制度や競争の変更、親子関係やジンクスなどの縦の流れみたいなものがピックアップされているおかげで、楽しみつつ競馬に対する解像度がグッと高まるよい漫画体験であったと思います。

エリア88

 一時「マンガ図書館Z」で公開されている間に読破しましたが、なにかゴタゴタがあったのか当該サイトからは既に取り下げられています。前に「皇国の守護者」でも似たようなことがあったはずで、このときも同じように読んでしまったので罪悪感が……。公開前の確認とかどうにかならんですかね。このあたりはいずれ買い揃えたいと思います……。

 戦闘機・ミリタリーファンでありながら読んだことがなかったのが割とコンプレックスでした(同界隈においては半ばバイブルというか常識に近い存在感を感じるほどの作品なので……)が、いざ読んでみると本当に面白い。

 リアルであるか……字義通り現実的であるかどうかで言えば、とんでもないとしか言いようがない描写が山程飛び出してくる内容ではあります。書かれた当時そこまで細かい軍用機のスペックが分かるわけがない、という部分はもちろんあるにせよ、ケレン味を優先して明確に誇張したり、少年漫画的なハッタリを盛大に決めている場面も少なくない。
 またストーリー的にも意外と戦闘機傭兵モノの一辺倒という感じでもなく、作品が進んでいく中で様々な視点・場所・ジャンルへと物語が移り変わっていくので、こうした要素だけ見ればちょっと不安定な内容と言えます。

 しかしながら、作品の中で終始一貫して描かれているのは戦場の過酷で無慈悲な環境と、その中で戦う人々の情念や信頼関係、プライド、そして愛憎。こうしたものが根底を支えているために、作品世界もそこでの戦いも、間違いなくリアルにシリアスに、筋の通った物語として染み込んでくる。
 これは創作物として間違いなく理想的な形の一つであるわけで、なるほど傑作と語り継がれるわけだなあ……としみじみ思わされました。

アニメ

SSSS.DYNAZENON

 正直今ひとつピンときていない状態。メカデザインや設定・戦闘のノリなど、全体的に前作「SSSS.GRIDMAN」よりさらに子供向け特撮・アニメっぽいテイストを意識しているものなのかなと思いますが、起きている出来事・開示されている情報のぶっ飛び度合いに対して、各登場人物のレスポンスがとにかく冷めている。
 全体としてお話を引っ張るパワーが薄い感じがあって、どのシーンもどことなく淡々としているんですよね。どういうテンションで見て良いのかわからなくなってくる。

 前作の空気感や終盤の展開はめちゃくちゃ気に入っていて、今作の様々な違和感・変なポイントもおそらくあの手の展開への前フリなんだろう……とは分かるし、そこには期待もしているんですが、正直下準備にしても違和感が前に出すぎているような。この先どうなるか期待より不安が大きいかな、という感じです。

 一点ちょっと印象的なシーンとして、3話の

・怪獣の攻撃の爆発が邪魔すぎて近づけない(うむ)
・大気圏外まで行けば空気がないから爆発しないのでは?(なるほど?)
・スライディングで爆発を突破して怪獣を掴む(それで組み付けるなら爆発厄介問題もう解決してない!?)
・大気圏外まで上昇してダイナゼノン全弾射撃
・怪獣爆発四散!(空気なくても爆発してるじゃねーか!)

 という流れは見ていてツッコミ気味に笑ってしまったんですが、子供向けコンテンツならではの(あるいはトリガーならではの)ガバガバ理論を自覚的にやってツッコミ待ちしているシーンなのか、あるいは何かのパロディ……なんですかね。

 もちろんこの手の作品において怪獣っつったらやられた時に大爆発するもんだろ! という大前提があるのは特撮に明るくない私でも分かるので、そういう意味では空気のない空間で怪獣が爆発するというのは理屈以前に作法ないしお約束が優先されている場面で、宇宙でも鳴るべき作品であれば音は鳴る、というような話に過ぎない。ものすごく野暮な重箱の隅つつきだというのは自分でもわかります。
 それにやろうと思えば怪獣の体内に酸化剤がとか理屈はどうとでもつけられるわけで、そこまで真面目に問題だとか言うつもりもないです。ないですが……言ってることと起きてることが何もかも違くない!? という印象は否めない。

 とにかく映像のテンションが上りきらず淡々としているので、ガバ理論を勢いで押し通しているシーンなのか大真面目でやっているのか……の判断がつきづらく、どう見て良いのか困ってしまう……という全体のトーンの典型みたいなシーンだったなと思います。

ゾンビランドサガ リベンジ

 1期の円盤を買い続編を待ち望んでおきながら、いざ本当に続編をやるとなるとなんとなく不安な気持ちになっていた部分があり。
 何しろ1期はすごく綺麗に終わったアニメで、特殊なキャラを除けば主要キャラのドラマもしっかりやりきった内容だったので、あのエンドからTV1クール分やること残ってるのか……? 続きを作れるのか……? と思ったんですよね。
 確かに未解決の要素はいくつもあったにせよ、そこらへん下手に突っついて変な感じになるよりは未解決のままの方が……みたいな不要な心配もあったりして気が気でない状態だったんですが、このあたりは1話を見た瞬間に完全に吹っ飛ばされました。

 初っ端から突き落とされ苦難にぶち当たる主人公サイドへの容赦の無さや、ゾンビ特有の時間経過や生前の人生を絡ませた宿命……といったシリアスな展開を、絶妙にハイテンションなギャグやゾンビジョーク(?)で明るくコミカルに混ぜっ返して突っ走っていく独特のバランス感覚は完全に健在。
 3話からの展開も「そりゃ設定上まさにこういう話はできるよな!」と思わせるもので、何をあんなに心配していたんだろう……と大満足。このまま最後まで突っ走ってもらいたいですね。

スーパーカブ

 これは以前原作小説を勧められて1巻だけ読んだことがあったんですが、あの空気感をここまで映像に落とし込めるものなんだ……と感動してしまう出来でした。原作は良くも悪くも癖が強めの文章で、ところどころ個人的な好みから外れるようなところもあったんですが、そういう要素も含めて完全に映像になっているのが凄い。

 癖のある原作の味そのままを出そうというのは覚悟のいることだろうと思いますし、結果として単品の映像として気持ちいいものに仕上がっているのだからケチのつけようがない。
 何と言ってもキャラクターの表情の描かれ方がすごく良くて、作品の映像のトーンを乱さないラインを守りつつ、絶妙な感情が伝わってきて愛らしいものになっている。(これまた特徴的な)原作のイラストにすごく寄せたキャラデザインでそのまま動かしているのも結構凄いことのように思われますし、とにかく作り手の情熱の詰まったアニメだなと思います。

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