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安らかに眠ってはいられない

 地獄の沙汰も金次第、と昔の人は言った。当世、天国で暮らすにも金が要る。「最先端の職場!超高額手当!万一の手厚い遺族年金!」と怪しい単語で彩られた求人を見つけた私は、半ば自殺覚悟で応募して、実際、死んだ。


 自分の体のど真ん中に空いた大きな穴と、体に繋がるケーブルの数々。接続先のモニタは、ずっと綺麗な横一本線。

「うーん……死んでるね」
「え」

 疲れ切った雰囲気の医者が、ブツブツと文句と言いながらケーブルを引き抜いていく。

「あの、私死んでるんですか?」
「心臓も脳も止まってるね」
「え、でも生きてますよ?」
「まあ動いて喋ってるね。ここじゃ最近たまにあるんだよね」

 投げやりな回答を掻き消すように、どかん、と爆発音が響く。すぐに負傷者が大勢運び込まれて、私は医務室から追い出された。
 死んでると言われても。元気に動く体を確かめながら、状況を理解しようと頭を巡らせていると、不意に背後から声がした。

「おっ、新たなお仲間誕生だ! ……誕生は変かな。死んでるし」

 声の元に振り向くと、血色と目つきの悪い少女が一人。

「お仲間って……」と問うより早いか、少女はシャツをペロリとめくってみせた。そのお腹には私と似たような大穴。「見ての通りだよ」

 言葉に詰まっていると、少女はニコリとして右手を差し出してきた。どうにか笑顔を作り、ぎこちなく握手に応えた瞬間、少女はグイッと私の腕を引き、ズンズン廊下を突き進んでいく。
 次第に大きくなる爆発音、銃声と罵声、すれ違う負傷者。嫌な予感しかしない。

「ちょっと……!」
「この仕事、行方不明者は職務放棄扱いで遺族年金はナシって契約なんだけど、知ってる?」

 そんなの聞いてない。思うと同時、胸元に流れ弾が直撃し、私は仰向けに倒れた。痛みはない。起き上がる私の眼前に、銃が差し出される。

「ここはすっかり包囲されて、天国との連絡はもう数日取れてない。ボクらの訃報は自前で持っていかなきゃ」

【続く】

Photo by Duncan Sanchez on Unsplash

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