フランドルの獅子たち
レースは30kmを残し、先頭を逃げる2名と、俺を含む小集団のタイム差は3分。控えめに言って、戦況は厳しい。
ボトルに残ったドリンクを飲み干し、周囲を見回す。スポンサー名が彩る鮮やかなジャージに身を包み、最高級のバイクに跨る、世界最高峰の自転車乗りたち。
200kmの地獄の道程を終えた今、出走時に百以上を数えた選手のうち、この集団に残るのはわずか十人足らず。
その中に十年来の強敵の顔が見つけられたのは、この状況ではむしろ幸運だ。バイクを真横へと近づける。
「ようモーリス、今日はもう終わりかよ? 俺一人で行っちまうぞ」
強気の発言に反応し、青ジャージの一団と、黒赤ジャージの選手の視線が俺達に突き刺さる。ブルーウルブスとレッドレーニア。それぞれ先頭を逃げる選手が所属する名門チーム。彼らの放つ「格下が状況を動かせると思うなよ」という圧力が集団を支配している。
「この中で行けるもんならね」
今日は諦めましたと言わんばかり、わざとらしく片手を上げてみせるモーリス。しかしコイツの場合、これは「攻める」の宣言だ。
集団は緊張感を保ちながら坂を超え、小さな街へと向かう下り坂へ。俺達にとっては、何千回と走った道。
合図も目印もなく二人同時にサドルから腰を上げ、ガシガシとペダルを踏み込み急加速。一気に集団先頭に躍り出る。それは破れかぶれの攻撃に見えただろう。
自転車ロードレース最大の敵とは風であり、レース戦術は「いかに他人を風除けにして体力を温存するか」という一点に尽きる。無策で仕掛けてもライバルの風除けにされて終了だ。無策なら。
「おい余所者、俺らの街で事故るなよ!」
叫んだ直後、すぐ後ろの選手が息を呑んだ気配がわかった。背後から複数のブレーキ音が聞こえたと同時、ハンドルを強く握り、全身運動でバイクを跳ね上げる。
ブラインドコーナーの向こうから現れた中央分離帯を、俺達は勢いよく飛び越えた。
【続く】
Photo by Simon Connellan on Unsplash
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