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小説 ピピネップの典子ちゃん4

  ヨシは、台所で茶色の瓶に卵の殻が大量に入っているのを、見つけた。
ヨシは、そのかめをハナの部屋に行って見せた。
「卵を食べたのは、うちの人間だね。」
「たぶん、そうですね。お義母さん。」
と、うつむいてヨシは答えた。

 「ここは、一つ、あれだ。ちょっと、小芝居をうってもらうよ。」
ハナは、こそこそと耳打ちをヨシにした。

 次の日の朝、家族が朝食をとろうと、食卓についたとき、ヨシが
「あら、砂糖がない。このかめの中に、あんなにいっぱい入っていたのに。おかしいわ。大事な砂糖なのに。大変どうしよう。みんな、見てこのかめよ。」

子ども達が、次々にそんなの知らない。と答えた。
そもそも、家に砂糖があったことすら知らなかったのだ。
砂糖は当時、貴重品であった。
夫の給料が出たときに、街で買って帰ってくる。ヨシは、茶色のかめに隠して保存していた。今のように、お菓子を作ったり、飲み物には入れたりはせず、煮物などにいれてうまみを足すためにいれるのだ。砂糖を入れたかめと卵の殻が入ったかめは、同じ大きさだった。

「変ね~。」
ヨシは、慣れない小芝居を続けた。
その時、ハナが、滝男に言った。
「お前は、知らない?」
「砂糖なんて、無かったよ。俺が、卵の殻を入れたときは、、。」
あ、、。と、沈黙が流れた。

犯人は、典子のおじの滝男だったのだ。
「お前か!20個も卵を食ったのは!」
ハナが怒りで、耳が赤くなっている。
「何個食ったかなんてわかんないよ~。止まらなくなったんだ。
腹も減ってたし。」
ハナに怒鳴られて、滝男はタジタジになっている。

典子は、心の底からがっかりした。
犯人は、典子の知らない人だったら良かったのに。私の針を買うのは、いつになるのかしら、、。

 典子のがっかりすることが、もう一つあった。
卵を売ったお金は、姉の道子のクレヨンを買うことに使われて、典子の針はまだ買うことができないことが、わかった。クレヨンは、学校で使うから仕方がないとわかっていたが、頑張って卵を売れば買えると思っていたので、期待が大きいぶん、失望した。

 典子は、学校に行って友達の百合子に、事の顛末を話した。
「それは、残念だったわね。でも、一人で、20個も、卵を飲んでしまうなんて凄いわね。」
百合子は、驚いていった。
「うちに、妖怪がいるなんて思わなかった。こんなこと、本当は言ってはいけないんだけど、本当に、はんかくさいよね。」
典子は肩を落としていった。
「のりこちゃん、はんかくさいって何?」
そうか、百合子は、転校生だから、北海道の言葉を知らない。
「はんかくさいって、言うのは、アホとか、バカっていう意味だよ。」
「アホとか、バカより、はんかくさいのほうがいいね。
なんか、温かい感じがする。」
「そう?そうかな、、。」
典子は、ちょっと褒められた感じがして嬉しかった。
「典子ちゃん、お針はすぐ無理でも、用意だけはしておいたら?
私、お針箱にちょうどいいお菓子の缶を持っているの。
うちのお母さんの、お針箱も、お菓子の缶に入っているのよ。
針と糸しかないって、わかっているのに、時々開けて見てしまうの。
楽しいのよね。典子ちゃんもそうしなさいよ。」
「え、本当。ありがとう。」

帰りに百合子の家により、お菓子が入っていた箱をもらった。
百合子の母は気をきかせて、運針練習用の浴衣の端切れをくれた。
小さいバラの花が額縁のように描いてあり、金髪でゆるい巻き髪の女の子が座っている長方形の箱だった。お菓子の箱も、もちろん嬉しかったが、百合子の優しい気持ちが、典子には嬉しかった。
「これなら、ハサミも入るし、ちょうどいいよ。ありがとう。」
針もハサミもまだ入っていないお裁縫箱だが、夢と希望は入っている。

 典子が、帰宅すると、祖母のハナが部屋に来るようにと、言われた。
典子は、なにか怒られるのかしら、、。と不安になりながらも、そっと襖を開けた。

 ハナは、典子に
「針のことだが、、。」
ばつの悪そうにきり出した。
なにせ、卵泥棒は自分の息子だったのだ。卵を20個もの飲むというバカなことをやらかした息子にあきれかえったが、一生懸命に卵を売る典子がさすがに、かわいそうになった。
「はい。」
小さな声で典子は答えた。
「ここに用意したものを使いなさい。」
そういって、針を包んだ和紙を、典子に渡した。
「おばあちゃん、本当にいいの?」
「いいんだよ。大事に使うんだよ。針山は、お母さんに作ってもらいなさい。しばらくは、針を使わないで、マッチ棒を小さく切って針の持ち方をお母さんに習っておきなさい。」
「わ~い。やった~!私のお針だ。おばあちゃんありがとう。」
典子は、ハナの部屋を飛び出し、廊下で小躍りした。
                         おわり

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