【不思議体験】黒き羽の行く末
勤務先の店で見かけた黒い羽を持つトンボのような虫にまつわる話。
時間は夕方近くだったと思う。
店の外にあるトイレの清掃時間になったので様子を見に行った時のことだ。
トイレの手洗い場に見慣れぬ黒い何かが落ちていた。
一瞬ドキっとしたが、落とし物だといけないと思い、近くまで寄って確認してみると・・・それは黒い羽が特徴的なトンボに似ている虫だった。
もう死んでいるのかな?
恐る恐るティッシュで包んでみると、まだ生きていた。
羽をぱた・・・ぱた・・・とゆっくりではあるが動かしていた。
店の近くには川はあるが、それ以外の自然はない。
この虫は一体どこからやってきたのだろう。
一番考えられるのはお客様にくっついてトイレまで入ってきたことだが、そのまま置き去りにされてしまったのだろう。
ドアを閉じられて逃げるに逃げられず、店の外ということもあって夏の暑さで弱ってしまったようだった。
何とか安全圏まで逃がしたいところだが、勤務時間中ということで、あまり遠くには行けない。
トイレの外の日が当たらない場所に逃がしてやった。
とはいうものの、この暑さだ。
虫は微動だにしない。
動けないほど弱っていたようだ。
今の私に出来ることはこのくらいだ。
黒い羽を持つ虫よ、ごめんね。
虫を逃がしてからトイレ掃除に戻った。
トイレの中は蒸し蒸しして暑苦しい。
人間ですら汗がだらだら流れてくるというのに、小さな虫だとまさに灼熱地獄そのものだっただろうに。
ふと、頭にあるメッセージが浮かび上がる。
「逃げることが出来てもその先もまた地獄」
何とも複雑な気持ちにさせられた。
先程逃がした虫からのメッセージではないだろうか。
弱っていた虫を逃がしたまではよかったものの、その先ですら暑さが酷い。
自由の身になれたものの、結局は身動きひとつ取れなかったのかもしれない。
きっと運が悪かったのだろう。
何も知らない虫は誰かにくっついてトイレの中にまで入ってしまい、見つけられることなく途中で力尽きて床に落ちてしまったと思われる。
もし、このままずっと放っておかれたら死んでいただろう。
もしかしたら私より先に誰かに見つけられていたかもしれないが、床に落ちたままの虫なんて死んでいると思われて放置されてしまう可能性の方が高い。
後で様子を見に行ったのだけれども、置いたところから数メートルほど移動していたが、やはり弱っているのか地面に寝そべったままだった。
相変わらず羽をぱた・・・ぱた・・・とゆっくりではあるが動かしている。
それから数時間後、閉店時間を迎えたのでトイレを閉めに行ったのだが、あの虫の姿は確認出来なかった。
どこか自然のある場所までたどり着けただろうか。
或いは、また誰かの服や荷物にくっついて移動していった可能性も否定できないが。
帰宅後にパソコンを開いて虫の名前が分からないか検索をしてみることに。
そういや羽と胴体が真っ黒だった。
ハグロトンボのメスによく似ている。
水辺の植物に卵を産み付けて、そこで孵化をするそうだ。
そのために川の近くではよく見られるらしい。
店の近くの川からやってきた可能性は高そうだが、常に扉が閉じられているトイレの中に勝手に入って来るのも偶然にしては出来すぎている。
やはり、誰かにくっついて入ってきた方が納得はいく。
虫からのメッセージと思われる内容について。
何処へ行っても地獄から抜け出せない。
地獄のような暑さで弱ってしまった虫を逃がしたところで外も地獄のような暑さだった。
時として人間も似たような状況に置かれることがある。
辛い環境に置かれているが、何とかそこから逃げ出したまではよかった。
ただ、行き着いた先も同じような辛い環境だった。
もう、動く体力すら残されていない。
ただ、時間だけが過ぎていく。
刻々と迫る宵闇、最後のチャンスとばかりに全身全霊を込めて走り出した。
さて、今度は少しはマシな場所に行けただろうか。
もっと酷い場所だったら・・・そう思うと動いていいのか迷いが出る。
ハグロトンボはスピリチュアル的には縁起が良いそうだが、メッセージの内容が心に突き刺さる。
慎重にせよ、チャンスは逃すな、ということかもしれない。
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