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【悪夢】古い掛け軸に宿るモノ

祖父の家で見た古い掛け軸とその影響で見てしまった悪夢の話。

あれは今思い出しても不思議な体験をしたものだ。
小学生低学年の頃のある夏真っ盛りの時期に家族で祖父の家に手伝いに行っていた時まで遡る。

祖父が暮らしていた家には古い掛け軸や陶器類、何十年もののハブ酒などのとても珍しい物が置かれていたのだが、長い年月が経ったことが一目でわかるほど劣化しており、祖父も持て余しているような感じだった。

父や叔父はとても珍しがっていたのだが、特に叔父は何十年もののハブ酒を前にすると目が爛々と輝いていたのは今でも覚えている。

父は陶器やハブ酒にはあまり興味がなかったようだが、仏間に飾られている古い掛け軸には興味があったようだ。


父「この掛け軸には鬼に追われる侍が恐ろしい場所から抜け出して仏様に助けを求める姿が描かれている」

私「何だか怖い絵だね」

父「地獄のような逃げ場のない追い詰められた状況をイメージした絵だ」

私「どうしてお侍さんは鬼に追われているの?」

父「鬼は人の争いの感情がその姿に変わったものだが、どんなに強い侍と言えど鬼の集団には敵わない、いざ仏様に縋ろうにも立ちはだかるのは恐ろしい川であり、それを乗り越えたことで救われるのだろう」

私「普通の川とは違うね・・・」

父「大きな川に脆くて細い道があるだけだが、問題は川の中の状況だ」

私「片方は火事みたいになってて、もう片方は水が氾濫してるね」

父「片方は少しでも触れると一瞬で消し炭になる恐ろしい炎が燃え盛り、もう片方は一瞬で命を持っていかれるほどの荒れ狂った激流だ」

私「橋といっても小さいね、こんなところ本当に人が渡れるのかな?」

父「・・・」

私「・・・?」

父「・・・人の心の在り方、覚悟があるかどうかが試される」


父はそう語ると部屋を出ていってしまった。
ぽつんと取り残された私は再び絵に目をやるが、必死になって逃げる侍の姿がやけに頭に残ってしまった。

無事に、逃げ切れるといいんだけど・・・。

そう思いながらも何か釈然としないものがあったが、古い掛け軸のことをこれ以上考えても仕方なかったので私も部屋を後にした。

祖父に頼まれた手伝いが終わると残りの時間は蝉取りをしたり庭に生えていた果物を捥いで食べたりしていた。
どこからどう見てもよくある田舎の情景だ。

ざわざわと風に揺れる木々の音は心地よく、時折吹き付ける海風に乗せられた潮の香りは癖が強い。
ここは普段とは違う環境だと再認識させられる。

手伝いは大変だったけど、やっぱり夏の田舎はいいな・・・と自然のエネルギーに感動していた。

時間は夕方になり、普段はあまり口にすることのない新鮮な野菜や魚料理を食べたり、祖父母と話をしたり、家族で花火するといったような夏休みらしい過ごし方をしたことで、掛け軸のことはすっかり忘れてしまった。

そして就寝時間が近づいてくるにつれて、真っ暗で静まり返った夜の田舎がどういった場所なのかを肌でびしびし感じ取る。
そうだ、ここは村の中で一番奥にある家なんだ。
隣には墓地もあるし、山道は暗闇に飲まれて先が全く分からない。

昼間とはまた違う光景に少し恐怖を覚える。

ふと、昼間見た古い掛け軸のことを思いだした。
夢に出てきませんように・・・。

夜は段々深くなっていく。
私以外の家族は眠りについたようだ。
私は寝苦しさでなかなか眠りにつけない。

早く寝ないと、明日は朝早いんだから。

そう自分に言い聞かせているうちにうとうとしはじめる。
そのうちに夢の領域へ意識は旅立っていった・・・。

・・・。

気が付いた時には夢の世界に居たが、いつも違う感覚がした。
ここは、どこだろう。

古い時代の山のような場所に居たが、ガサガサと音が聞こえてくる。
即座に何かが近寄って来ると感じ取る。
よろしくないものがやってくる。

急いで足音とは逆の方向へ走り出した。

走って走って、ひたすら前に進む。
ちらっと後ろを見るが姿は確認できない。
だが、足音だけは私を追ってくる。

姿の見えない何かが迫って来る恐怖は精神を蝕んでいく・・・。

再び走って走って全力で見えない何かから逃げようとしている。
そのうち、山から出られたので安心したのも束の間、今度は目の前に広がる川を見て絶句した。

昼間見たあの古い掛け軸に描かれていたものと全く同じような光景だった。灼熱の炎と激流で行く手を阻んでいるではないか!

炎の川と荒れ狂う川の間には細いコンクリートの道が頼りなさそうに対岸まで続いていたが、とてもではない、そんな場所を歩くなんて出来るわけがない!

後ろから迫って来る見えない存在と足音。
このままでは足音の主に捕まってしまう。

逃げ切るには渡るしかないのか!

そう思った瞬間に体は勝手に動いていた。
不安定な足場と両側から迫って来る炎と激流。
不思議と熱さや冷たさは感じなかった。

何とか渡り切った先にはまばゆく光るものが存在していた。
もう大丈夫だ、光の中に飛び込んだ瞬間に目が覚めた。

・・・あれは夢だったのか。

辺りを見回すとまだ夜中だった。
家族は全員寝ている。

あぁ、早く朝にならないかな。
この時ばかりは夜が早く明けることを願うしかなかった。

そのうちにまた眠りについた。
今度は夢を見なかったようだ。
目が覚めた時には朝になっていたことでほっとした。

両親に昨夜の夢のことを話したのだが、気のせいとか偶然とか適当にあしらわれて相手にしてくれなかった。

あの悪夢は一体何だったのか。
古い掛け軸に宿る念が見せたものだろうか。

あの悪夢を見せられてから何年も経ち、再び祖父の家に行く機会があったので、父にあの掛け軸のことを尋ねてみたのだが、こんな返事が返ってきた。

父「掛け軸?そんなものあったか?」

父はあの古い掛け軸のことは記憶に残っていないらしい。
あれだけ、絵の内容について詳しく話してくれたというのに。

祖父の家に辿り着いて掛け軸を探してみたが、掛け軸はいつの間にかなくなっていたし、祖父に尋ねても父と同じ反応だったが、何かを隠しているようにも見えた。
あの不思議な掛け軸は一体どこに消えてしまったのだろう。

どこかの家にひっそりと存在しては消えて、また移動しては誰かの心に何かを問いかけているのかもしれない。

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