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【不思議体験】セピア色の記憶

赤ん坊の頃の記憶について。

周囲の人には信じてもらえない不思議な記憶を持っている。
〇〇年以上経った今でも鮮明に覚えているが、普段は日常をやり過ごすことで精一杯であるものの、ふと急に思い出すことがある。

私が赤ん坊だった頃の記憶だ。
ほんのわずかな記憶ではあるが、印象に残っているのでそれについて説明していこう。

その記憶を辿っていくと・・・母の生まれ故郷にたどり着く。
母の実家にある部屋に赤ん坊用の椅子が置かれているのが見えてきた。

私はそこに座らされていた。
体を自由に動かすことも、言葉を発することも出来ないのだが、赤ん坊なので当然のことだろう。

それでも、私はその状態が辛いとか悲しいとかそういう気持ちは持ち合わせていなかった。
ただ、椅子に座らされている、という感じである。

周囲には誰も居ない。
母の姿も祖母の姿も確認できない。
それどころか人の気配すら感じられなかった。

赤ん坊の私はひとりぼっちだった。
ただ時間が過ぎるのを待っていた。
このまま何も起きないのだろうか、変化のない景色と時間がただ流れていく。

しばらくすると従姉妹のR子さんの明るく元気な声が聞こえてきた。
続けてお姉さんのM子さんの落ち着いた声も聞こえてくる。
2人が家にやってきたことが分かった。

もしかしたら、私に会いに来てくれたのかな?
2人は部屋に入って来るなり私の顔をみて笑顔を見せてくれた。
私は嬉しかった。
会いに来てくれたんだ、よかった。
私はひとりじゃなかったんだ。

R子さんもM子さんも私の前で楽しそうに話をしている。
2人の話を聞いていることしか出来なかったが、それでも気持ちは明るかった。
会話の最中にどこかに出かけると言っていたような気がするが、一体どこに行こうとしているのか気になった。


2人「〇〇ちゃん(私の名前)、また遊びに来るね!」


そう私に告げると2人は家を出ていってしまった。
私はまたひとりになってしまうのだろうか。

置いてけぼりを食らうのが嫌だったので、何とかついて行こうと思ったのだが、自由に動くことが出来なかったことで結局は取り残されてしまった。

再びひとりの時間になってしまった。

この時初めて寂しいという気持ちを抱いたような気がする。
2人と一緒に出掛けたかった。
だけど赤ん坊の私にはどうすることも出来なかった。
諦めるしかなかった。

なんて無力なんだろう、と思ったところで記憶が途切れてしまった。
以上が赤ん坊の頃の唯一の記憶である。

時間に換算するとわずなかものだが、それでも登場人物や自分の置かれている状況を細部まで覚えているのは何故だろうか?

背景も何となくセピア色っぽい感じがした。
記憶の一部だから色彩が鮮明ではないのかもしれないが、明るさをあまり感じることがなかった。

なぜか従姉妹2人が会いに来てくれた記憶だけしか残っていない。
会話の内容もあまりはっきりしなかったものの、赤ん坊だった私が従姉妹の言葉を理解出来ていたとは思えないが、記憶に残るくらいだから、後になってその言葉の意味を理解したのかもしれない。

家族や他の親戚にまつわる記憶は一切思い出せない。
従姉妹が会いに来てくれたことが当時の私には嬉しいことだったから一番記憶に残ったのだろうか。
考えても答えは出ない、それ以上はどうやっても思い出せない。

私の出生地は京都だが、現在は寒い地域に住んでいる。
親の仕事の都合で引っ越しをしたのだが、引っ越し先の田舎は過ごしにくさと閉鎖的な環境だったことでかなり苦労を強いられた。

特に豪雪地方であり、冬は雪かきの労力で体力が消耗させられてしまう。
そのような気候的な理由もあるために、雪があまり降らない地域に強い憧れを持ってしまった。
いつか京都に永住したい、それが私の夢である。

実は5年ほど前に占い師に自分はなぜ京都が大好きなのか聞いてみたことがある。
得られた回答はこんな感じだった。

何でも、私の魂は京都に深い縁があるらしい。
生まれ故郷だという理由だけではなく、過去世とも深く関わっているようだ。
魂レベルでのご縁であるために、今世でも京都へ身を置くことで様々な経験が出来るらしい。
充実した人生を送れる可能性が高い場所であるとも。
今の場所よりは京都の方が私の魂には合っていると言われたことで前々から疑問に感じていたことが解決したように思えた。

占い師の回答を得てからますます京都への憧れが強くなっていった。

私の魂は京都とどんな関係があるのだろうか?
惹かれる場所はいくつも存在するが、何か手がかりになりそうな場所はないか・・・と考えてみると気になる場所が2つあることを思い出した。

数ある寺社の中でも安井金毘羅宮と鞍馬寺はかなり興味をそそる場所である。
特殊な力を感じる、何となく引き寄せられる、そういう言葉に言い表せない何かの波長みたいなものを感じる。

ずいぶん前の話だが、安井金毘羅宮と鞍馬寺が夢に出てきたことがあった。
夢の世界ではお寺や神社の中を散策していたのだが、敷地の中央部分がやけに気になってしまった。

安井金毘羅宮の夢では神社に設置されているお札の貼られている石が私の視界に飛び込んできた。
静まり返った神社内に強烈なインパクトを醸し出していたその石に少し警戒心を抱いてしまった。
何だろう、この不思議な石は・・・?
いつの間にか目覚めていた。

ネットで調べてみると、お札が張られていた石の正式名称は縁切り縁結び碑(いし)である。
白い札は形代と呼ばれるものだ。
願い事を書いて碑に張り付けることで、人々の思いがその石に集まっているのだろう。

また別の日に見た鞍馬寺の夢では神の使いと思われる騎士が複数登場した。
私に笑顔を向けてくれる騎士もいれば、親しそうに話しかけてくる騎士もいた。

どうやら、彼らに歓迎されているようだ。
ふと視界に気になるものが映る。

建物の前の広場のような場所に大きな穴が開いていた。
騎士の1人に誘導されて私は穴に飛び込んだ。
穴の中をひたすら下って行ったが、最深部にたどり着いた瞬間に視界が明るくなって先ほどの鞍馬寺の敷地内に戻ってきていた。

おかしいな、穴に飛び込んだはずなのに・・・?

もう一度穴に飛び込むが、同じように下りつつもまたしても同じ場所に戻って来てしまった。
何度も同じような動きをしてしまう様はまさに洗濯機の中で回されているよう感じに近いかもしれない。
何故ループしていたのかは不明だが、こちらもいつの間にか目が覚めていたので夢の中で何をしていたのかは分からないままだった。

もしかしたら、私は両方の場所から呼ばれているのかもしれない。
安井金毘羅宮には2回参拝したことがあり、私にはどうしても叶えたい願い事があったので願掛けをした。
その願掛けが叶ったことで、私は縁切り神社の凄さを知ってしまった。

願掛けの内容をざっくりと説明すると、パート先でのパワハラに悩んでいた私はパワハラと縁を切るために悪縁切りのお守りを購入することにした。
最初に通販でお守りを購入し、後日パートが休みの日に京都に出向いて参拝させて頂いた。

数か月後にその願いが叶うこととなった。
色々言われている安井金毘羅宮ではあるが、私は参拝してよかったと思っている。
何が起きても自己責任ではあるが、私には合っていたのかもしれない。

安井金毘羅宮にまつわる部分で2回金縛りに遭ったことがあるが、それを怖いと感じたわけでもなく、何が原因で金縛りに遭わされたのか瞬時に理解したことで恐怖心は一切なかった。

久しぶりの体験だったことで多少は驚いてしまったが。

初めて金縛り体験したのも京都で一人暮らしをしていた時だったし、私にとっては怖い体験も不思議な体験もたくさん経験出来る可能性が高そうだ。
どっちの意味でも私にとっては特別な場所なのだろう。

何やら縁が深そうな京都について、もう少し調べてみる必要はありそうだ。
もっと貴重な体験が出来そうな予感がする・・・。

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