青木雅

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フカシ・インサイド・アワーハート(67枚)

「先輩は暇でスティックパンばかり食べているから浴槽で死んだ」 「先輩は暇でスティックパンばかり食べているから浴槽で死んだ」  あたしの声だ。普段、頭の骨を通して聞いている音より一段と低いあたしの声。スマホのひび割れた液晶の中であたしが頭から段ボールを被ってもごもごと話している。ワンルームのアパートの中で、鴨井にもカーテンレールにもハンガーに掛けられたカラフルな洋服があふれかえっていて、その中で白いワンピースを着たあたしが棒立ちでいる。 「死ね、天使、死ね」 やはり段ボ

    • おとぎ話みたいな

       あの子には、なんというか現実感がない。みんな、だれひとりあの子のことを信じてなどいなかったし、あの子もぼくたちを信じてなどいなかっただろう。コーラを飲んだら上あごで炭酸がはじけてかすかに痛いことだとか、自転車を漕いでいたらズボンに黒い汚れがついてそれを指で拭ったらなかなか落ちないことだとか、そういう些細なことがぼくたちと同様にあの子にもあるということをみんな忘れてしまっていた。あの子も自分にそういうところがあることを理解できていなかったのではないかと思う。これは性別が違って

      • あたらしい爆弾のために

         大学の同期で、失踪して連絡が途絶えていたという大須が突然目の前に現れた時は、さすがにいくらか動揺した。「きょう泊めてよ」と覗き込むように言って、こちらに断る余地などまるで与える気のない口調で詰め寄ってくるので有耶無耶にしきれず、結局家にあげる運びになった。見た目こそ学生時代と変わらない長めのくせっ毛にTシャツとデニムだったものの、雰囲気にはどこか違和感がある。 「ちなみに、カルトとかねずみ講に誘うようなら即座に叩き出すことになるけど」 「ないない、俺にいちばん縁がないものだ

        • 第二十四回教養強化合宿雑感

          ※これは2022年8月22日~30日の間に行われた外山恒一による第二十四回教養強化合宿についての雑感を主にこれから参加を検討している方向けに記した記事です。  合宿がどんなものであるかは歴代の参加者が詳細に書いてくれているので、自分はそのへんはなるべく省いてしまって、講義以外のことについて書くことにする。  はじめに簡単に自己紹介を書く。関東の国立大学の学部三年で芸術論を専攻しており、映画サークルの会長をしたり小説や詩歌の論作をやったり、政治青年というよりはサブカル寄りの学

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        フカシ・インサイド・アワーハート(67枚)

          夏は先輩の抜け殻

           夏は先輩の抜け殻。僕はぱりぱりになった先輩の外皮を指先でいじる。床は得体の知れない液体がびちゃびちゃしていて少し酸っぱいような、甘いようなにおいを漂わせている。  先輩は春先に蛹化を迎え、昨日ついに羽化を果たした。長いさなぎの期間、カーテン越しに部室に差してくる光が、体育座りの要領で体を丸めている先輩の殻をうっすら透かしていた。僕はこれを見てとても美しいものだと思い、毎日欠かさず部室を訪れては写真を撮った。枚数にして百二十八枚のそれは、到底他人には見せられたものではないが、

          夏は先輩の抜け殻

          セバスチャン

           先日、セバスチャンがちょっとしたできものが出来たので病院に摘出しに行くと突然言いだしまして、暇を与えてやりました。どうも様子がおかしかったので心配して終わったあとわたくしが病院まで迎えに行ったのですが、どうしてか医者からできものであろう物を差し出されて「セバスチャンさん、ですよ……」と言われてしまい、ひどく狼狽えてしまいました。それはどこからどう見ても小石ほどの小さなわずかに光沢のある黒い塊なのです。流石に悪い冗談だと思いまして医者にセバスチャンの居場所について尋ねましたが

          セバスチャン

           人間がいる。全裸の人間が。小さなスクリーンの中で蠢いて、大きな高い声をあげている。自分よりずっと身体の大きい中年の太った人間にのしかかられて、とても苦しそうに見える。  この部屋はあまりに狭く人間の声がよく響く。真っ暗で、スクリーンの鈍い光と丈の足りないカーテンの下から漏れてくる日差しだけがこの身体を照らしている。 「あっあっあっ……」 「あっあっあっ……」 「あっあっあっ……」  やかましいと思って音量を半分に落とす。すると静かになって、シンクに水滴が垂れているぽつぽつと

          SEIKINTVのような空の下で

           いつまで経っても救急車は来ない。気が付けば周囲に人だかりができていて、百合子を抱く私を大道芸か何かでもみているかのようにじろじろと。人の顔をじっと見ていいのは、相手と自分が会話をしている時だとかスピーチや芝居をしている時だけだと学ばなかったのか。私が彼らを睨むと虚を突かれたような顔をして去りだしたので、私はさらに激しく腹を立てた。誰もが私を陥れることを望んでいる。それは、今私の膝の上で死にかけている百合子も同じ。私は一切の使命やドラマを欠いて世界中を敵に回してしまったのだ。

          SEIKINTVのような空の下で

          春子の涙

           僕には戦争なんかわからない。父親も母親も、祖母や祖父でさえ直接体験してないくらいなんだから、ちゃんとわかろうとする方が無理なんだろう、とさえ思う。  中学生の頃、戦争の経験者の講演があった。その予習としてそういうビデオも散々見せられた。その講演の間は、僕も含めてみんな眠そうだった。目を見開いて聞いていたのはミリオタの佐々木くらいのもので、先生がそのあとのホームルームで彼のことを見習うべきとか何とか言ってほめていたけど、僕は複雑な気持ちでそれを聞いたのだった。だってそいつが好

          春子の涙

          バースデイ

           2021年、日本中の牧場で僕の電話番号の模様を持った牛がいっせいに生まれた。牧場の人々はそれを示し合わせたように撮影し、SNSに「うちの牧場でこの前生まれた牛なんだけど、何か数字みたいなの見える……」などと言ったテキストを添えて六月六日、つまり僕の二十歳の誕生日に投稿した。それも一つや二つでなく全国六か所の牧場で。そのどれもが牧場の公式アカウントで、これ以前はのんびりとした風景と共に牛たちの世話をする従業員たちの和気あいあいとした写真やツイートが淡々と投稿されていた。つまり

          バースデイ

          おとうさん

           お父さんの美味しいところだけ食べたい! 不意にそう思い立って、私はお父さんを眠らせて拘束し先週死んだ祖父が愛用していたチェーンソーで突き出たお腹を切り裂いた。お父さんが何か叫んだ気がしたけれどチェーンソーが爆音で鳴ってるから聞こえねえよ!!!!!!!!!!!  お父さんのぱっくり開いたお腹から各種の臓器が無邪気に飛び出してきて、脂ぎって薄汚いし言葉遣いも悪いお父さんだけど子どもみたいでかわいいところもあるのねとうっとりした。なのでやさしく頭を撫でてあげたら、安心したような顔

          おとうさん

          灼熱

           茹だる真夏の海辺を歩いていたら急にフロアの熱狂のような音が聞こえて慌てて自殺しようとしたけど足場がごつごつしていて出来なかった。そしてフロア熱狂だと思ったそれはガビチョウの鳴き声だった。果たして、この安堵はフロアの熱狂でなかったからなのか、あるいは死なずに済んだからなのか。考えるだけで恐ろしくなった。

          惑星Q

          1  あなたは宇宙船の予期せぬ故障により、致し方なく惑星Qに不時着した。外部との通信を司る機器は破損してしまっていたが、幸い惑星Qはあなたのいた星とよく似た環境で、宇宙船を直して再出発するまでの間どうにか生きられそうだと安心した。 2  惑星Qに広がる空はイエローがかっていて、あなたはそれをとても美しいと感じた。遠くに目をやると真っ赤な海や大きな森が見える。あなたはそのうち行ってみようと考える。 3  惑星Qの先住民たちとあなたの出会いは、あなたが不時着してからおよ

          この世で最も醜い水死体の男の話

           昔々、とある漁村の海岸に巨大な中年男性の遺体が打ちあがった。既に腐敗が進行しつつあり、村人たちは早急に処分しようと試みたがあまりにも腐敗臭がひどいためなかなか近づくことが出来なかった。  人々は遠目から遺体を眺めてあれこれ議論を重ねた。ある老人はこれは悪い事が起きる前触れだと言い、ある若い女はこれは吉兆で自分はきっといい家に嫁に行けるのだと言い、またある漁師は近いうちに大魚が釣れるに違いないと言った。そして次第に男の遺体のことを何か大事なものであるかのように扱うようになって

          この世で最も醜い水死体の男の話

          ナチュラルボーン外出自粛太郎

           ナチュラルボーン外出自粛太郎は食糧を求めて重い腰を上げて近所のスーパーへ向かった。しかしそこには米も、袋めんも、焼きそばさえもなかった。感染症が外界で流行しようとも彼はその性質から一向に気にかけなかったが、こうなっては話が違う。彼はすっかりやせ細った肢体をばちんと叩いて鼓舞し、遥か彼方にある天上の食料品店を目指して姉のお下がりの六年もののママチャリで全力で街を駆けだした。すれ違った人間の後談によれば、彼の背中にはうっすら翼が見えたという。グングン加速してゆき彼は遂に宙に浮い

          ナチュラルボーン外出自粛太郎

          ダックスフンドみたいな雲

           路上に落ちている片方だけの手袋や、不思議な看板の写真を撮りながら暮らしている。それら無用の物品たちは、私に語りかけてくれるのだ。どうしてこんな場所に落ちているのか、どうしてこんなにおかしな事が書いてあるのか。日頃社会に馴染めず孤独に過ごしている私にとって、これ以上の幸福は無い。 「あなたがどんな気持ちで今を生きているのか知らないけれど、私は私でそれなりに暮らしていることは確かなの。だから……」 何時まで経っても忘れられない嫌な思い出は、トラウマと呼ばれたりする。私たちはその

          ダックスフンドみたいな雲