ミルラ、アドーニス編|『アモールとプシュケー』あとがき
ちょっと番外編・・・端役ですが、ミルラについて取り上げることにします。
というのも、彼女の血筋をたどると、ギリシャ神話の有名どころがつながるため(^^)/
エオス→→・・・→→ピュグマリオン→→ミルラ→アドーニス の系譜
〈3〉で取り上げたミルラ/ミュラは、父親に恋をしてしまった悲劇の王女。調べてみたところ、血統を遡ると暁の女神エオスとケファロス王子にたどり着きます。また、父王キニュラースは、かの有名なピュグマリオン王の娘と結婚したそうなので、その系譜でもあります。
ピュグマリオンといえば、自分が創り出した彫像ガラテアさんに恋をした彫刻師。アフロディーテに捧げた祈りが聞き届けられて、ガラテアさんは人間となり、無事に結ばれた・・・というストーリー。
キニュラースは、そのピュグマリオンの娘を妻にしていますから、ミルラはおそらく、ピュグマリオンとガラテアの孫・・・なのでしょう。おばあちゃんはもともと大理石の像だった・・・というわけです。生まれからして尋常ではない存在です。
気の毒なミルラが父親に恋をしたのも、女神アフロディーテの呪いだったとも言われています。ミルラがあまりにも美しいため、「アフロディーテよりも美しいのではないか」と囁かれるようになり(プシュケーみたいですね💦)、激怒したアフロディーテが父親に恋をするように仕向けたのだ、とか・・・。深酒した父親と暗闇の中で情けを交わしたミルラは、あろうことか身ごもってしまい、苦悩の果てに涙(没薬)を滴らせる樹木(没薬樹)へと変化します。
あまりにも美しすぎる女性は不幸になりやすい・・・とは、現在でもたまに耳にすることがあります。《佳人薄命》みたいなものかな?
そして、ミルラとキニュラース父娘の間に生まれたアドーニスは、アフロディーテを恋に陥れたことで名高い美青年です。ミルラをさんざん苦しめた恋心に、今度はアフロディーテが屈することになったわけです。オウィディウスは「かつて母を狂わせた情炎の仇を報じた」と詠っています。
アドーニスは古代における美青年の理想形と呼ばれます。アフロディーテの愛に応えますが、狩りの途中でイノシシの牙に刺されて落命。青年の血と女神の紅涙が混ざりあい、アネモネの花が生まれたと言われています。
なお、この恋の発端はやはりというべきかアモールが絡んでいて──母に挨拶のキスをしようとしたところ、突き出ていた矢でアフロディーテの胸を深々と刺してしまった・・・ということです。なんだか人騒がせなアモール・・・(^^ゞ
一説によれば、アフロディーテとペルセフォネーがアドーニスをめぐる恋の鞘当てをしたとも言われますね。アドーニスは、もともと土着の植物神に由来しているため、種子や芽吹きの象徴であるペルセフォネーと関連付ける向きもあったようです。
ミルラとキニュラースの関係をまとめると・・・当時の人たちの感覚《尋常でない優れた存在は、尋常でない生まれ方をしたはず》ということで、近親相姦であることに過度に注目する必要性はそこまでないように思ってます。
とはいえ、オウィディウス(紀元0年前後)によって、《禁じられた恋》の文脈で迫真の物語に仕立て上げられてはいます。身分違いだとか、仇同士だとか、そういった《障害の多い恋》のひとつといってもいいのかもしれません。もっとも、相思相愛どころか、キニュラースは完全にだまされていますし、ミルラはミルラで恋情の炎消しがたく、死ぬほど悩み苦しんだ上での密会でしたので、どこからどう見ても悲劇としか言いようのない物語です・・・。
そんなミルラ姫は、ダンテ『神曲』やメアリー・シェリー、バイロンにもインスピレーションを与える存在となりました。
なお、オウィディウスは、(ラテン語が読めない私には原文そのものの美しさはわからないものの)ストーリーテラーとして不世出の天才とさえ言いたくなるほどの、輝かしい作品を世に遺し、ギリシャ・ローマ神話の文学的な礎を築いた詩人です。少し早い時代を生きたウェルギリウスと並んで、後のヨーロッパ文学に不動の強さと美を与え、鍛えた原点とも言うべき存在です。
美術ギャラリー
探してみたものの、ミルラ自身を描いた絵は点数も少なめ。また、密会は生々しすぎ、木に同化している絵は個人的に無理(不気味)だったので、辛うじて一点、最後に載せました。1枚もないとおさまりがつかない気もして🤔 オウィディウス『変身物語』の挿絵です。
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