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ブルーカーボン事業の最前線に立つ4人がいま注目する動きとは。宮城県ブルーカーボンシンポジウムをレポートします。

2021年より、宮城県では「宮城ブルーカーボンプロジェクト」を立ち上げ、年間平均250tのCO2の削減、10年間で2,500tのCO2の削減を目指しています。しかし、まだブルーカーボンがどんなものなのか十分認知されていないと考えた宮城県は、2022年3月23日にブルーカーボンシンポジウムをTKP仙台AER30階にて開催しました。

当日は、基調講演とパネルディスカッションの二部制で進められ、「ブルーカーボンの今とこれから」について活発な話し合いが行われました。第一部では、水産研究・教育機構 水産資源研究所の堀正和氏より、「ブルーカーボンを活用した水産業の地球温暖化対策」というテーマの基調講演がなされました。第二部では、引き続き堀正和氏、神戸大学の信時正人氏、宮城県漁協の阿部敏和氏、ヤフー株式会社の長谷川琢也氏の4人をパネラーに迎え、科学/社会実装/生産現場/企業という異なった立場から、ブルーカーボン事業に対する考えを述べ合いました。

この記事では、第二部の意見交換での様子をレポートしていきます。まずは、自己紹介を兼ねて、「ブルーカーボンの今と将来展望」というテーマについて各自が考えることを話していただきました。

ブルーカーボンの普及に向けたキーワード

―1人目は水産研究教育機構の堀正和氏です。科学者としての立場から海藻の工業的利用の必要性を述べ、企業と漁業者が連携すれば、ブルーカーボンの取り組みがもっと進むのではないかと話します。

堀先生

堀 正和 氏
北海道大学大学院水産科学研究科 博士後期課程修了後、東京大学を経て2006年より水産総合研究センター瀬戸内海区水産研究所に勤務。2020年7月に行われた水産研究所の組織改変により横浜庁舎(旧中央水産研究所)に配属、現在は水産資源研究所にて水産資源研究センター社会・生態系システム部 沿岸生態系グループ長

 私たちは海藻の工業的利用に注目しています。工業的利用というのは、海藻から食品以外の製品を作ることです。
 
以前、私たちは全国にどれくらいの藻場があり、どれくらいCO2を吸収するのかを調べました。その結果、天然の藻場だけでは、削減しようとしているCO2の量を吸収できないことが分かったんです。そうすると、海藻の養殖をどんどん増やしていかないといけません。
しかし、食品として利用できる量には限りがあります。では、これを食料ではない場面でも使うことができないかということで、新しい販売経路・製品・産業を作らねばと考えています。
 
この取り組みでキーになるのは、漁業者と企業だと思っています。CO2吸収源となる海藻を漁師さんが育てる。そして、それを使って企業が新商品を開発する。さらには、その新商品が漁具や船の燃料であった場合、水産業の脱炭素化も進むのではないかなと考えています。農業の場合、企業であるカルビーが、JAと契約農家制度をつくって、ジャガイモを買い取っている。このような連携が漁業でもできればいいですよね。
 
―2人目は、横浜市でのブルーカーボンの取り組みを先導してきた神戸大学の信時正人氏。社会実装の立場から、どのように横浜市がブルーカーボン事業を進めてきたかを掘り下げました。

信時先生

信時 正人 氏
東京大学 工学部都市工学科卒業後、三菱商事株式会社、財団法人2005年日本国際博覧会協会、東京大学大学院新領域創成科学研究科特任教授を経て、2007 年4月に横浜市へ入庁。都市経営局都市経営戦略担当理事、温暖化対策統括本部長を経て、現在はエックス都市研究所所属。神戸大学客員教授。JBE理事。

私たちは、横浜市の金沢区というところでブルーカーボン事業を始めました。横浜市というのは工業地帯がほとんどで、市民の入ることのできる海は約1パーセントしかありません。そんな限られた広さの海でもインパクトを出すことができたのは、「CO2を削減するものとしてブルーカーボンを広く定義していること」と「市民参加型にしていること」にあると思います。
 
ふつう、ブルーカーボンといえば、藻場の保全・再生や海洋生物によるCO2吸収を指します。しかし、横浜市はそれだけではありません。海を活用してCO2を削減するものを広く「横浜ブルーカーボン」として定義しています。「アマモ場の再生・維持」はもちろん、「わかめの地産地消によるフードマイレージの減少」、「海水と熱交換する熱源ヒートポンプの利用で得られる省エネ効果によるCO2削減」も含めて、ブルーカーボン事業として進めてきたのです。

続いて、「市民参加型」にしているという点についてです。横浜ブルーカーボン事業は、世界トライアスロンシリーズ横浜大会というトライアスロンと連携しています。大会側に横浜市が削減した分のCO2のクレジットを買ってもらうことで、大会運営や参加のための移動で排出したCO2をオフセットするようにしています。ほかにも、ブルーカーボン事業で育てている昆布を使って、石鹸やポン酢、肥料などの新商品をつくることで、海藻を植える活動を支援しています。

2019年には、7者11プロジェクトによって、259.6t-CO2分のクレジットが創出され(それだけCO2が削減された)、14者の地元企業・中小企業によって120.3 t-CO2分のクレジットが購入されています。
 
―3人目は、宮城県漁協網地島支所の阿部敏和氏。生産現場の立場から、ブルーカーボンプロジェクトとして実際に取り組んでいるアラメの藻場造成試験とその進み具合について報告しました。

阿部氏

阿部 敏和 氏
石巻市在住。宮城県漁業協同組合網地島支所職員として、長年にわたり網地島の海をモニタリングする。また、網地島漁業の持続可能性を探求すべく、現場に根付いた取組として、若手漁業者を中心とした漁協組合員らとともにアラメをはじめとした藻場造成の活動を展開する。前宮城県漁業協同組合網地島支所長、現網地島支所運営委員、網地島振興協議会磯焼け対策部会役員。

かつて網地島というのは、泳ぐのに邪魔というほど海岸一体にアラメが繁茂していました。しかし、20年ほど前から海藻が減る「磯焼け」が見られるようになり、震災後から急速に進んでしまいました。その結果、海藻をエサとするアワビの資源減少やウニの身入り悪化など、島の漁業に影響が出てきています。
 
私たちは、そんな磯焼けを防ぐべく、海藻を増やす取り組みをずっと続けてきました。これには多くの時間と労力がかかります。しかし、海藻がCO2吸収源として注目されていることによって、この取り組みがさらに拡大していくことを期待しています。

網地島では、アラメの生態勉強をへて、11月から本格的にブルーカーボン事業を始めている。人工採苗をした後、陸上で飼育管理し、5ミリから1センチほどまで成長させる。3月下旬には海に投入していく。

いま私たちはアラメを増やす活動をしていますが、これらの知見は、全国各地で共有されるべきです。漁業者の高齢化やモチベーションの維持、資金面など課題もありますが、各地で連携をとりながら、藻場の保全・再生を進めていきたいと思っています。 

―4人目は、ヤフー株式会社の長谷川琢也さん。企業の目線から世界的なトレンドを考察した上で、これからはブルーカーボンプロジェクトのような取り組みにお金が集まるようになるといいます。

長谷川氏

長谷川 琢也 氏
自分の誕生日に東日本大震災が起こり、思うところあってヤフー石巻復興ベースをつくり、宮城県石巻市に移り住む。石巻で出会った漁師や魚屋と、漁業を「カッコよくて、稼げて、革新的」な新3K産業に変えるための漁業集団フィッシャーマン・ジャパンを立ち上げる。
現在は持続可能な地域や社会をつくるため、「地域カーボンニュートラル促進プロジェクト」や、SDGsに特化したWebメディア「Yahoo! JAPAN SDGs」編集長を担当。

いま世界の人口は増加していて、2050年には100億人になるといわれています。それによって、これまで以上に資源の枯渇や食料不足、経済格差などが生じるといわれています。さらに、気候変動も進み、自然災害の悪化、生物多様性の崩壊、食糧危機といったようなリスクも高まっています。これらの背景から、世界的にSDGsを達成していこうとする動きが強まっています。
 
ESG投資(※)がいい例です。この投資が盛んになってきたことで、企業は環境保全を行いながらビジネスしていく動きに変わってきています。日本でも政府が脱炭素化を進めていくことを明言しています。
 
この流れの中で、ヤフーは企業版ふるさと納税(※)という仕組みを活用し、自治体が取り組んでいる脱炭素に向けた活動に総額3億円の寄付を行なっています。ブルーカーボンプロジェクトもそのうちの一つです。これからますます、企業がCO2を減らす取り組みに対して投資する流れができていくと思います。

※ESG投資
「Environmental(環境)」「Social(社会)」「Governance(企業統治)」に対する企業の取り組みを重視して投資銘柄を選定すること。

※企業版ふるさと納税
国が認定した地方公共団体の地方創生事業に対し企業が寄付を行った場合に、最大で寄付額の9割が軽減される仕組み

それぞれのプレゼンテーションが終わると意見交換の時間へ。パネラーへの質問を中心に、どうすればブルーカーボンの取り組みを進めていけるのかが明らかになっていきます。


 Q:全国各地でブルーカーボンの動きが出てきているが、それらの事例に共通する要素はあるのか?
 
信時氏:漁業者や自治体、企業、さらには住民一人一人が、海の価値を見直そうとしているかどうかだと思います。例えば、神戸市では、市長が「海と山が育むグローバル貢献都市」を宣言していますし、「海洋水産研究所」という民間企業が立ち上がったり、「Re-colab-KOBE」という学生団体が積極的にブルーカーボンの広報活動を行ったりしています。このように、みんなが目の前に広がる海に対して何かできるのではないかと思っているケースは成功していくと思います。

パネルディスカッションの様子

Q:ブルーカーボンの取り組みを生産現場に普及していくことは難しいのではないかと思うのですが、どのようにアプローチしていくべきなのでしょうか?
 
長谷川氏:いくつか漁業者を動かすモチベーションはあると思います。漁業者が自らの意思でブルーカーボンに取り組むのが理想的ですが、それだけでは手遅れになるかもしれません。
なので、ブルーカーボン事業に取り組むことで得られるメリットを具体的にすることが必要だと思います。ブルーカーボン事業をやることで、サポートを受けられたり、魚価が上がったり、というようにです。ほかにも、「いま海に対してどれくらいの注目が集まっているか」や「肉と海産物で出すCO2の違い」などをデータで見せていくことが生産現場を動かしていくことにつながります。
 
信時氏:私は、「Jブルークレジット」のような資金メカニズムがあれば、漁師さんが合意形成を取りやすくなってくるのではないかと思っています。やはり、漁師さんの間で合意形成をするということは非常に難しいです。とくに若者と高齢者の間での意識の差があります。若手漁師が環境への意識を高く持っていても、ご高齢の漁師さんは「もう自分の代で終わるからいいんじゃない?」となってしまうこともありえます。そこで、「Jブルークレジット」のように、ブルーカーボン事業がお金に変わるような仕組みがあると取り組みやすくなるのではないかと思っています。

まとめ
深刻化する気候変動を前に、世界的に「脱炭素化」の動きを進めている現代。
日本でもますますブルーカーボンが注目されていくことが予想されます。

ブルーカーボン事業を推進する上で大事なのは、自治体や企業、漁業者、住民など海に関わる人たち全員が連携すること。今後、ブルーカーボンプロジェクトでは、定期的にシンポジウムやセミナーを開催し、この活動を広めるとともに、あらゆる人が交流することのできる場をつくっていきます。

ブルーカーボンプロジェクトについては、https://miyagi-coast.jp/bcp/から。あなたのご参加をお待ちしています。


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