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闇を録る

一昨夜の録音のこと。
釣り終えて飯食って晩酌して。
日は軽く越えた。

さて。

ここについたとき、遠く山からかすかに聞こえるとてつもない魅力的な音に釘付けになった。
きっと生き物の声、だけど、こんな季節に?という。
調べたら、そのようだ。ただ姿は見えない。
行くしかない。

釣り用のヘッドライト、レコーダー、地図を見るためのスマホを手に出発。

この集落には、まばらにだが家がほちほちとあり、
迷惑はかけられない。
明かりを灯すのも最低限にしなくては。

だんだん声が近くなる。
姿は見えない。

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録音機は高性能なマイクとイヤフォンを装備していて
人間の可聴域を遥かに超えた設定にしてある。
イヤフォンをしてスイッチオンすると
目の前の音の風景が変わる。
真っ暗闇だから、本当に音だけの世界。
視覚と聴覚が逆転する。

音を視て、色を聴く。
今までもそこにあったものが、視えていなかった。
その音が視えていなかったことがわかり
呆然とする。
マイクを向けて、音を頼りに歩み寄る。

息を殺し、足音を忍ばせ少しずつ近寄る。

レコーダーの録音レベルを叩くような、あの音。

非常に細かいパルスのような、硬質な高音は
自然のたてるものとは思えない。
徐々に重なり、呼応し、遠ざかり、一つになり、
また徐々に収まりをみせる。

音の、社会だ。

あまりの素晴らしい音音に、呆然とする。
録音レベルが高いので、機材を持っている指がほんの少し
撫でるように動くだけでノイズが入る。

持っている手を自分の手で掴み上げるように支え、
木のように、石のように耐える。

録音とかが、どうでもよくなるくらい
ずっとこの音を聴いていたい。

聴いていると、法則ではないが
この生き物たちにもルールのようなものがあるのがわかった。
ただ野放図に歌っているのではない。
歌は始まり、終わる。それを繰り返す。
終わりを掴んで次の場所へ。

少し離れた場所の人たちはどうなのだろう。
暗闇の中、マイク感度を上げて、あちこちの音を視ると
強く惹かれる方向は、山。

地元の人曰く、熊、鹿、猪は普通に出てくるらしい。
人間の姿はない。
音は立てられない。
ついさっきTVでみた「熊は忍び寄る時に足音を立てない」
まあ、仕方がない。
運が悪くても死ぬだけだ。

違う場所に来る。
面白い!
ここにも先達のリーダーが歌を始め、呼応する少数、応える多数、ケチャのようでもある。
声色はあまり変わりないが、地形の変化で録音される音が少し変わる。もうこのまま録音機の電源が切れるまでいたい、
と思っていたら、

なにか違う音がする。

なにかわからない。ものすごくかすかに、低音のような、
長い波、遠くから、方向がわからない。
人はいない。でも何かがいる。
錯覚ではない。音が捉えている。
真っ暗闇。何も視えない。

こういう瞬間が、山の方に来て何度かあった。
もしかしたら哺乳動物がどこかから奇妙の生き物(僕)を見ていたのかもしれないし、そうでないかもしれない。
車などの人工物のたてる音ではなかった。
かすかに、抑揚があったから。

レコーダーで聴いてなかったら、気が付かなかっただろう。

うかれていた。
夜釣り専門家なので無人の闇の海に独りでいるのには慣れている、山のほうが格段に恐ろしいが、なれが出たところでやはり危ない。

道がわからないので、グーグルマップを頼りに歩いていた。
突然重力を失った。何が起こったかわからない。

スマホが水の中に落ちていた。
レコーダーは死んでも離さず右手を高く上げて無事。
水流激しい溝に落ちたようだ。
防水スマホで良かった。無事。
左足損傷。大したことはない。折れてない。歩ける。
まだとりきれていない音を探して、
農道を歩む。
ここでも音の至福。

ただ、やっぱりなんか気配がして
潮時かなと思った。

何かあったら嫌(だし残せるし)と足音を録音しながら
仮屋へ戻る。

あれだけ自然の音がする、とおもっていた家周辺が、山近辺に比べればまるで無音のように静かだ。

夜の闇、里山。
ものすごい音に出会えた。

で、やっぱり興奮して寝付けなかったのでした。

追記:朝になって地元の人とテレ連絡すると、
良かったね、このあたり夜、溝に落ちて、たまに死ぬのよ、
誰も気づかないからね、って言われた。気をつけよう。

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